スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「妻の超然」絲山秋子

妻の超然妻の超然
(2010/09)
絲山 秋子

商品詳細を見る

久々の、本当に久々の一般書感想。

現代小説作家(という名称が正しいのかは置いておいて)の中で私が一番好きな作家、それが絲山秋子です。作品の面白さは当然ですがとにかく素晴らしいのは文章の美しさ。デビュー作から云われ続けていることですが、絲山さんの単語と文章の運び、リズムは本当に美しいと思うのです。全文書き取りをしたくなるぐらい、美しい。上品とは違うどころか無縁の作品もあるのだけど、下品なことを書いても汚い言葉を遣っても、単語の選択と書かない部分書く部分の選択と、それらを組み合わせた文章には一定の硬質さがある。そのギリギリの張り詰めた糸のような硬さが良いのです。そんな絲山さんの新刊。

実はここ最近の絲山作品には以前のような面白さを感じられずにいたのです。言葉は悪いけど、明らかに油断しているなというか。このぐらいのことを書いておけばいいんじゃないの?という慢心のようなものすら感じていました(勝手にですよ!)。というのも、エッセイで知ったのだけど絲山さんは職業作家としての自負が大変強い方なのですね。小説を書くということを作業として捉えていると書かれていたので、またそれもすごく納得をしたのです。
だけどこの作品は違った。戻ってきた、というよりも大きく成長をされたというか。とにかく素晴らしかった。

エンタメではない純文寄りの作品の感想を上げることはそれこそ自己満足でしかなく(自分の気持ち的にもブログの需要という意味でも)やめようかとも思ったのですが、少しでも形に残しておきたかったのでメモとして記します。「エンタメ(直木)」と「純文(芥川)」の違いは何か、という話は書店員仲間内でもしばしば出ます。現代日本に「純文」は存在しないと言い切る方もいるだろうし、感覚的なものなので人夫々だろうと曖昧にしてきました。
でも、この作品を読みながら様々な感情が溢れてきて溺れそうになったときに思ったのです。
読み手の喜怒哀楽を喚起する目的で書かれたものが「エンタメ」であるならば、「純文」とはそれ以外の作品のことなのだ、と。上手く云えないのだけど、絲山さんはこの作品を読者に「楽しんでもらいたい」とか「考えてもらいたい」と意図して書いてはいないと思うのね。そういう作者から読者へ発信するギフトがない。でも私はよくわからない感情に溺れそうになった。すごく興奮する読書体験だったし、面白かった。日常の話を描いて「だから?」で終わることも少なくない「非エンタメ小説」の中で異彩を放ち続けるのが絲山秋子だと思うのです。

「妻の超然」
妻たるものが超然としていなければ、世の中に超然という言葉など要らないのだ――。
浮気者の夫と、その事実を知りながら言及しない妻の話。「わかる」ことは「知っている」ことではないのだよと一応前置きをしつつ。もう駄目なのではないか、という所まで来ているようでふとした波に揺り戻される夫婦関係の機微。「ああ、おそろしい」と一人呟く妻の気持ちがわかり過ぎて可笑しくも怖ろしかった。
「下戸の超然」
飲めない男が飲む女と恋人になる。酒を飲めない彼の哀しみと彼から見える飲む人間の滑稽さ。正気である方が馬鹿を見る飲み会という一つの社会の理不尽さ。同じ理性で向かい合う事の出来ない恋人たちは徐々に関係を悪くしていく。飲む彼女からすれば「超然と構えている」彼は高尚すぎて無関心無感動過ぎて駄目だった。一つの関係性の終わりを描いた話。あるある。
「作家の超然」
文学がなんであったとしても、化け物だったとしても、おまえは超然とするほかないではないか。おまえはこの町に来て初めて知ったのだ。ここでは、夕日はいつも山の向こうに沈む――。
極めて私小説的な、とある小説家の話。
各紙書評で評判高いのは知っていたけれど物語の力としては一番弱いと思う。でも「書く人」の心を掴む強さがあるのはわかる。小説家で溢れる世の中を小説家として生きていくために「超然」というスタイルを取った小説家の宣戦布告とも決意表明とも日記とも取れる話、かな。


<私的オススメ絲山作品ベスト3>

海の仙人 (新潮文庫)海の仙人 (新潮文庫)
(2006/12)
絲山 秋子

商品詳細を見る

ニート (角川文庫)ニート (角川文庫)
(2008/06/25)
絲山 秋子

商品詳細を見る

袋小路の男 (講談社文庫)袋小路の男 (講談社文庫)
(2007/11/15)
絲山 秋子

商品詳細を見る


ああ、本当にメモ的な感想になってしまった…。美しい文章を読んだ後に自分の文章を改めて読むと軽く絶望するよね。これでも一応気を付けているつもりなのだけど(今回は除く)。好きですというお話でした。
スポンサーサイト

「トーマの心臓 Lost heart for Thoma 」森博嗣

トーマの心臓 Lost heart for Thoma (講談社ノベルス)トーマの心臓 Lost heart for Thoma (講談社ノベルス)
(2010/10/07)
森 博嗣

商品詳細を見る

トーマと呼ばれた美しい下級生から、ユーリに届いた一通の手紙。それは、彼からの遺書だった―。そこへトーマに生き写しの転校生・エーリクが現れ、オスカーは、遺された想いに縛られた親友・ユーリを憂慮する。揺れ動く心を捉える生と死、そして愛…。苦悩する少年たちを色鮮やかに描いた、萩尾望都の不朽の名作に、森博嗣が、今、新しい息吹を吹き込む。

読了した森博嗣版『トーマの心臓』の感想を書こうと思うのだけど、どう書いて良いのかわからないというのが正直なところ。トーマについては半年前にゆっくり考えたこともあり、読んだ時期としては悪くなかったと思う。

感想はこちら→「トーマの心臓」萩尾望都

重要なのは、これは漫画版『トーマの心臓』を読んでいることが大前提の物語であり、主人公(語り手)はオスカーであるということ。漫画では語り手であると同時に最大の傍観者のような立場であった彼に焦点があてられる。率直な感想としては、良質な「青春小説」かな。ジュブナイル(成長小説)とも云える。三者三様に違う形で与えられた親(絶対神)からの愛情と、その違いによって発露するようにも受け取れる性格の違い。一番「真っ当な」ものを享受していたように見えるトーマが「死」という一見相容れない行動に出たこと。その部分への飛躍があともう一歩という具合だった。いや、単に私の読解力の問題かもしれないのだけど。
漫画版ではすべてを俯瞰するような立場にいたオスカーだが、実際に彼の周囲で起こった出来事のすべてを語らせればそれは過不足なくオスカーの語りとして遜色ないものであり、その点は感心した。要するに、彼もまた一人の迷える青少年であったということ。彼にとってユーリは失った母親を投影する存在でもあったのだという視点は、半年前の私には思いつかなかった部分だ。トーマはユーリを、ユーリはトーマを神様のように崇拝したわけだけど、オスカーもユーリをそういう風に見ていたという。オスカーとワーグナー教授のやり取りこそが、森版トーマのメインテーマなのではないだろうか。グスタフ親父はオスカーに母親を殺したと告白をした。彼はその告白をグスタフの誠実さが成した結果であり、ユーリにも同等のものを求めている。しかしそれは違うのではないかとワーグナーは云っている(たぶん)。告白によってグスタフが救われたとしても、それはオスカーの希望ありきの告白ではなかったわけで…告白はグスタフの正義からではなくて弱さからされたのだと、私は思うのだよね。告白=当人の救済にあたると思っているままのオスカーではユーリは救えないし、そもそも自分ですら救うことの出来ない問題を他人が容易に救えるものではないのだよと、ワーグナーは云っている。そこにあるべきなのは、「救いたい」ではなくて「知りたい」なんだよと。そしてそれはなぜかと云えば、「好きだから」なんだよねと。とてもシンプルな問答だけど、真実だと思う。

オスカーに焦点があたる分、ユーリが抱えた宗教的な問題(というよりも作品内で詳しく言及されることはない)、エーリクが開放したユーリの葛藤部分の描写は不足があるように感じられた。そう、だからこれは萩尾版『トーマの心臓』をオスカー部分のみ補完する作業であったのだろう。もしも森版だけしか読んでいない方がいたら、是非萩尾版を読んでくれと云いたい。出来を比べること自体が無意味なのは承知だが、漫画版がなければ存在しない作品なのだから。
最後に先日の記事でもチラッと書いた「舞台」についてだが、正直こればっかりは理由がよくわからなかった。反発とかそういったものではなくて、ただ本当にその舞台に設定した理由が見えてこなかったのだ。厳密な時代背景はぼかされているが、イメージとしては恐らく大戦前の日本だ。そう、日本が舞台なんだよね。だからオスカーは傍観者であると同時に訪問者であり、ここでは異端者でもあったはずなのだ。その部分から何かもう少し描かれれば納得もいったのだけど…。ユーリの進路選択についても同様だ。彼がその道を志す経緯を、キリスト教圏でない国を舞台に描くのならば、もう少し背景への説明が必要だったように感じた。そしてその部分がこの物語の核であったと私は思っているので不満が残る。

試みとしては面白かった。こんな機会を与えられた森さんを羨ましい!と思われた小説家の方もきっと多いのではないだろうか。一読者でしかない私ですら羨ましいと思ったぐらいなのだから。

一般書感想「船に乗れ!」藤谷治

船に乗れ!〈1〉合奏と協奏船に乗れ!〈1〉合奏と協奏
(2008/10/01)
藤谷 治

商品詳細を見る

船に乗れ!(2) 独奏船に乗れ!(2) 独奏
(2009/07/02)
藤谷 治

商品詳細を見る

船に乗れ! (3)船に乗れ! (3)合奏協奏曲
(2009/11/05)
藤谷 治

商品詳細を見る


高校の音楽科に通う主人公・津島サトルと個性豊かな仲間たち。彼らが過ごす音楽漬けの日々に、青春時代のきらめきと切なさを色濃く映し出した、本格青春小説三部作。

すごく、すごく面白かった。久々の腐読み一切なしの一般書感想です。
最初はあらすじも入れてダラダラ書いていたのですが、どう頑張っても私の力じゃ何も伝わらないと思ったので投げました。大体、エンタメ系青春小説にあらすじ入れた感想なんて無理なんだよ…。諦めようかとも思ったのですが、とりあえず吐き出しておかないと次に進めそうにないので上げてしまいます。いや、ホント自己満足なのですけどね。

昔同僚が「海辺のカフカ」発売日に有休を取っていた事を思い出しました。「今日は春樹休暇なの~」(30代男)と実に嬉しそうに笑っていたっけ。もし私がこの本を1巻からリアルタイムで追っていたら、間違いなく3巻発売日には休みを取っていた。「船休暇なの~」って云ってみたかったよ!!

ただ惜しむらくは先週読書に思うように時間を割けなかった為、読了したのが職場の休憩室だったこと。人目があるので顔にハンカチ押し当てて水分を吸収しながら(目から鼻から止まらない!)の読書だったので、ちょっともったいないことをしたなーと思いました。

続きを読む

「アンナ・カハルナ」城平海

以前やっていたブログを掃除しようかなと思いつき、許容範囲内(これでも!)の感想だけ移動させてみることにしました。改めて読んだけど酷い(今もだけど)。言い訳ですが、だって一般文芸って腐じゃない人も見に来るし~、男の人だっているし~、色々誤魔化しているのがわかります。
そんな中で、これだけはタイトルにしてあげたいと思った作品がこちら。
(文字色が変わっている部分は書き足しました。)

アンナ・カハルナアンナ・カハルナ
(2005/10)
城平 海

商品詳細を見る

男に身を売ることでしか生きていけない哲也、32歳。かつてはそのルックスのよさで新宿2丁目でも知られた存在だったが、今では歳のせいもあり声がかかることも少なくなった、負け犬出張ホスト。そんな彼にある日突然田舎の農村から指名が入る。不思議に思いつつも向かった先に待っていたのは―。

著者の城平海はゲイ雑誌で同性愛者向けの恋愛小説やエッセイを書いている作家です。出版社も古川書房という、まず一般の本屋には新刊委託のない、その道専門の出版社。2週間待って手にしました。読みたいと思った動機・・・BL・耽美は、まあどんなものだか知っている。←知ってるどころじゃない!
『蜘蛛女のキス』や『潮騒の少年』『モーリス』『薔薇日記』などの同性愛小説の古典もまあ読んだことがある。しかしゲイ小説というものは未知の領域だったのですね。本を読みたいと思うのに動機の説明なんて言い訳がましいですね、単純に好奇心です(笑)

あと、「アンナ・カハルナ」という題名の美しさに惹きつけられました。

何のことだかわかりますか?
「安中榛名」
哲也の勤める出張クラブの女社長が地名を勘違いしたのです。
この小説で一番素晴らしいのはこの題名だと思います。←失礼ですね
恋愛小説なのでご都合主義な展開は仕方がないと思いますが・・・BLやハーレクインにも負けない展開だった気が。哲也を買ったのは、昔二丁目でも有名な色男だった元・大学助教授の健二郎。母親の死をきっかけに脳梗塞になった父親の介護をするため東京の職を捨て地元の安中榛名まで帰っていた。健二郎は昔哲也に想いを寄せていた。そして哲也も二丁目時代に健二郎のことを意識していた。ホストと客という再会だが二人の気持ちは燃え上がり、ついには健二郎の父親の介護の手助けをするため、哲也は安中榛名の健二郎宅に住むことになる。・・・再会もの?と思うじゃないですか。違うのです。

家族のように暮し始めた3人だが、父親は健二郎の性癖を認めてはおらず哲也にもなかなか心を開かない。何もない田舎で流れるゆっくりとした時間。村の農作業を手伝ううちに哲也は徐々に安中榛名に馴染んでゆく。
このままスローライフな家族小説風味で進むのかと思ったらそんなことにはならなかった。
哲也は運命の出会いをするのですよ。農協の若者、耕太と。

ここが面白いなと思いました。健二郎は完全にあて馬役だったわけです。恋愛小説といえば「Only One主義」というイメージだったので意外でした。しかもその伏線と云うか前兆があまり感じられない!哲也と耕太は秋祭りの神楽舞で風神雷神役に選ばれたのを切っ掛けにあっという間に距離が縮まります。耕太は新婚だったのですが、昔から性癖に対して違和感があり、哲也に出会った瞬間に真実の自分を認識したと。神楽舞の練習は二人きりで行われるのですが、ここがゲイ小説のドリーム部分なのかなと思いました。「祭り」「褌」「若い男の汗」そんな記号がたぶんドリーム。あと、風神雷神を舞う二人は生涯消えることのない強い絆で結ばれるというエピソードもドリーム。そして秋祭りが終わり、登場人物各々に何らかの結論が出て「大団円」と呼ぶに相応しいラストを迎えます。
性描写はそんなに激しくないので苦手な方でも大丈夫だと思います。

ゲイ小説ですが、そこに親の介護問題という実はかなり深刻なテーマを取り入れた作品だったのではないでしょうか。父親、突然亡くなるんですけどね(この展開が一番納得いきませんでした)
あとがきで著者がいうように「超」「極」「甘口」の小説でした。
現実に親の介護で泣くシングルが大勢いて、その中の何割かは同性愛者で―という著者のあとがきが読んでいて一番心を揺さぶられました。
長々と書いてしまいましたが、興味のある方は注文して読んでください。
本屋にも、たぶん図書館にもないですからね(笑)


この著者は某腐男子さん宅で知りました。
っていうか、これを一般書ブログにあげた時点で色々アウトよね(笑)BLに「眼鏡」が記号的に出てくるのと同じで、「褌」に大変納得したのを覚えています。えーと、文章的にもストーリー的にも正直云えばオススメは出来ません。あまりに色々と拙い気がしたから。ただその拙さを愛する人がいて、拙さの奥にある真摯な問題と、フィジカルに感じられるけどやっぱり真摯であろう恋愛物語に需要があるのだと思うと、心のスミッコに残り続ける作品です。

「孤島の鬼」江戸川乱歩

孤島の鬼 (創元推理文庫)孤島の鬼 (創元推理文庫)
(1987/06)
江戸川 乱歩

商品詳細を見る

密室状態での恋人の死に始まり、その調査を依頼した素人探偵まで、衆人環視のもとで殺された蓑浦は、彼に不思議な友情を捧げる親友諸戸とともに、事件の真相を追って南紀の孤島へ向かうことになった。だが、そこで2人を待っていたのは、言語に絶する地獄図の世界であった…!『パノラマ島奇談』や『陰獣』と並ぶ、江戸川乱歩の長編代表作。

明けましておめでとうございます!今年もよろしくお願いいたします。
新年最初の感想は読み始めたときから「これにしよう!」と決めていたこちらの本です。
本当はもっと早く書きたかったのですが思いのほか読了まで時間がかかってしまい、読み終えたのは実家に帰省した大晦日でした。大乱歩の有名傑作長編ミステリということでご存知の方も多いかと思います。私にこの奇想天外な物語をまとめ上げる力はないので感動と衝撃に反して短文ダラダラ長文です。っていうか、スミマセン本当に長くなりました。最長かも・・・。
おまけに夜中の変なテンションで書いたせいか、いつにも増して恥ずかしい感じです。

ネタバレしますので、未読の方はご注意くださいませ。






続きを読む

プロフィール

yori

Author:yori
気がつけばいつもそばにBL

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。