「夜明けには好きと言って」「真夜中に降る光」砂原糖子

夜明けには好きと言って (幻冬舎ルチル文庫)夜明けには好きと言って (幻冬舎ルチル文庫)
(2005/09/15)
砂原 糖子

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白坂一葉は、交通事故に遭ったのをきっかけに顔を整形、名前も変え別の人間として生きることに。ホストクラブで働き始めた一葉は、同級生だった黒石篤成と再会。かつて一葉は黒石に告白され、夏の間付き合っていたのだ。同僚となった黒石は、一葉に好きだと告白する。つらい過去を思い出しながらも再び黒石に惹かれていく一葉は…。

以前興味があって「醜形恐怖」という神経症について調べたことがある。
今作の主人公白坂はまさにそれ、容姿への過剰なコンプレックスに苦しんでいる男。
作中で詳しく言及されることはないが、醜形恐怖を抱える人たちの中には容姿が優れている人が少なくないらしい。プラスの要因で注目を集めているにも関わらず、自分の顔が“変”だから周囲の視線を受けるのだという被害妄想が働いてしまうとか。え~と、誰でも少なからず持っている悩みだとは思うのですが、だからこそ身につまされて前半は読むのがとても辛かった。容姿への評価って他者が下す限りは相対的なものなんだよね。だから絶対的な自信があればいいけど、大抵は傷付いたり揺らいだりしてしまうものだと思う。それが親からの言葉だとしたら、その傷はどんなに深いものになるか。『イグアナの娘』や『愛すべき娘たち』でも描かれてきたことだけど、容姿へのコンプレックスが人生のすべてになると云っても過言ではないと思うんだ。余談だけど、私も昔同級生(中学時代だ)に云われた言葉とか未だに思い出してガーッとなる時がある(笑)コンプレックスが厄介なのは、他人が根っこからの救済手段にはならない所だと思うんだよね。“自分が”大丈夫だと思わないと前に進めない。
白坂は事故を機会に整形手術を施し生まれ変わる。容姿のコンプレックスからくる卑屈さに悩んでいた彼は、新しい顔を手に入れて意気揚々と生きるのかというと、まったくそうではないんだよね。
読みながら、果たして彼はどちらの顔を選択するのかしらんと考えていた。
ネタバレは避けるとして、うううん、そこはやっぱり砂原さんだよね。見事にやられたわ(単純だな、私)
たぶん、白坂は完全に“大丈夫”にはなっていない。それでも大きく前に進めたことに違いはないのだ。
トラウマの克服。なんとも砂原さんらしい題材だと読了して思った。
面白かったのだが、内容的には少々腑に落ちない部分があった。生真面目な白坂が別人に成り済ますくだりや、何よりも彼ら二人がホストであるという設定に終始馴染むことが出来なかった、かな。恋愛部分よりもトラウマ部分に比重が傾いているからか黒石の存在感が薄かったのが残念。とはいえ数回ある濡れ場は満足でした(笑)


真夜中に降る光 (幻冬舎ルチル文庫)真夜中に降る光 (幻冬舎ルチル文庫)
(2006/05/16)
砂原 糖子

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喧嘩したホストの金崎新二を介抱してくれた津久井康文は、穏やかな男だった。ゲイだと聞き、なぜか強引に新二は津久井とセックスをした。「金のためだ」と金を貰いながらも、すっきりはしない。体の関係を重ねながら、時々痛いものを見るような眼差しで、津久井は新二を見つめる。津久井への、胸の苦しくなるこの感情は一体何なのか…?苛立つ新二は。

こちらは「夜明け」で中学時代の白坂をホモと揶揄し苛めていた金崎が主人公。
荒んだ家庭に育った金崎は、同じように“問題がある”とされる家に育った白坂に親近感を抱いていたのだ。だが、白坂はコンプレックス故に人の顔をまともに見ることが出来ない。白坂に無視をされたと誤解した金崎は彼を苛めるようになる。成長した彼らは歌舞伎町で再会を果たすが、白坂の隣には黒石がいた。中学時代に自分の些細な言葉がきっかけで親しくなった二人が大人になっても男同士で愛を育んでいる。自分の悪意から生じた関係が思いもよらないモノになったことに金崎は激しい苛立ちを覚える。
とにかく金崎が抱える白坂へのコンプレックスと彼らの関係が面白かった。金崎はきっと白坂が抱えていたコンプレックスを知ることはないだろう。それは白坂も然り。彼らが歩み寄る必要は話のどこにも示されていないのだ。知らない間に影響を与えて、思いもよらぬ理由で関係をして、そして各々の幸福への道へと前進する。ラスト、金崎は二人の前に姿を見せないことを選ぶ。本当は白坂に謝罪したかったかもしれない。何か話すことがあったかもしれない。でもそれは金崎が考えた最大の配慮であり“優しさ”なんだよね。その選択はとても正しいと思う。砂原さんは対になる続編を作るのが上手いなぁとしみじみ思ってしまった。
で、恋愛面というか攻めの津久井なのだが・・・こちらもどうも存在感が薄かった。う~ん、彼の過剰なまでのお人好しの理由がちょっと甘いというか、金崎と白坂が抱えているものに比してリアリティが感じられなくて入り込めなかった。後は個人的に“インテリ眼鏡攻め”という記号が苦手というのもあるかな。ままま、金崎がピアスだらけという設定や“チンピラ受け”という部分では十分に私の萌えを満たしてくれました♪ただ欲を云えば、ロクデナシにはもうちょい恋愛面で(勘違いではなく)右往左往して欲しかったな。


2作一気にサラッと読んでしまった印象だけど、トラウマの物語を恋愛小説として描くことって、実はすごく難しいのではないかと思い至った。直前まで菅野さん祭りだったせいもあるのかもしれないが、他人が他人の人生を救済するというのは容易なことではないんだよね(救済が大袈裟なら、救済される過程に関わることと云ってもいいかな)手助けをする人、背中を押す人、見守る人、という役割で一方の相手が登場したときに、限られた頁数で“克服と成就”を達成するのはかなりの力量が必要なのだと思った。
とまぁ多少の難は付けましたが面白いことに変わりはなかったです。さすが砂原さん!





「言ノ葉ノ世界」砂原糖子

言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)
(2010/06/10)
砂原 糖子

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生まれつき人の心の声が聞ける仮原は、それを利用してずる賢く生きてきた。ある日、車と接触してケガをする。その車に乗っていたのが大学准教授の藤野だった。仮原が初めて出会った心の声と口で発する言葉が全く同じ人間。まるで輪唱のように響く藤野の“声”と言葉を心地よく感じ、そんな自分に苛立った仮原は、藤野がゲイであると知り、偽りで彼に「好きだ」と告げるが…。名作「言ノ葉ノ花」スピンオフ登場。

前作「言ノ葉ノ花」の感想はこちら
初端から盛大にネタバレ注意です。

*****

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「イノセンス―幼馴染み」砂原糖子

イノセンス―幼馴染み (幻冬舎ルチル文庫)イノセンス―幼馴染み (幻冬舎ルチル文庫)
(2010/05/17)
砂原 糖子

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小さな頃からずっと、乃々山睦の好きな人は幼馴染みの来栖貴文。高校卒業間近になっても真っすぐそう主張する睦に友達は困ったように笑うが、何故なのか睦にはわからない。女の子とのキスを目にして、自分もしてほしいと懇願する睦に来栖は…。来栖が上京する春、会えないまま過ぎてゆく月日、そして―。書き下ろしも収録し、待望の文庫化。

「イノセンス」というタイトルから手に取るのを躊躇していたこちらの作品。周囲の評判も賛否両論といった感じで迷っていたところを譲り受けました(mさん感謝です!)。実はあらすじを読んだ時点で「これはどーゆーことだろう?」と思っていたのが受けである睦の精神年齢の幼さ。「頭が弱い」という感想をちらほら拝見してはいたのだけど、私はそれを単純に「バカな子(センチメンタルの春巳のような)」だと捉えていたのですね。そしたら違った。
睦は軽度の知的障害を持つ、ボーダーラインにいる子。特別学級に行く程ではないが普通学級では明らかに浮く子だったのですね。なんてギリギリな設定を持ってくるのかと驚いてしまったよ。読む前は「イノセンス(無垢)」という言葉に胡散臭さを感じる人間なので斜に構えている部分があったのだけど、何が睦と来栖にとって「幸せ」なのかを考えていたらいつの間にか夢中になっていた。不覚にも泣いてしまったよ。

幼児性を残したまま成長した大人が「無垢」なのかと考えると、私はそんなことは決してないと思う。子供は欲望だらけで善悪の区別が付きにくい分残酷な事も平気でする。「子供は無垢だ」と信じたい大人の想いが、彼らを無垢な生き物にするのだ。来栖は自分がそうありたい姿を睦に写し取って見ていたのではないかな。変わっていく自分と変わらない幼馴染み。変わることは悪ではないし、変わらないことだって悪ではない。ただ、自分がどうありたかったかによって捉え方が違ってくるだけ。だから、変化していく自分を戸惑いながらも受け入れていく睦の姿に、何も変わらない幼馴染みの姿に、来栖が罪悪感を抱くのも当然のことなのだ。自分が「白」と云えば黒も白になるような睦を相手に、来栖は「どこからどこまでが睦の気持ちなのか」が見えなくなっていく。それはもしかしたらこの先も変わらないかもしれない。大人のキスを教えて、快楽を教えて、抱き合うことの意味を教えて。睦が側に居たとしても、来栖にとってそれはとても孤独な戦いだ。大学進学を機に睦から逃げ出した来栖を責める気持ちにはなれない。

睦は一途だ。雛鳥のように「クルちゃん」と慕い続けて来栖を好きだと云う気持ちに揺るぎがない。
傷付けられていることにも気が付かない。睦の代わりにいつも傷付いてきたのは来栖だったのだ。
確かに来栖は身勝手な男ではあるけど、私は終始彼の肩を持ちたい気持ちだったよ。彼が負わなければいけないと思い込んでいた責任は「二人分」なのだから。それは重すぎるもの。
人は自分の中に皆無の素質を他者に見出すことは出来ない。純粋でありたかったと思う来栖は、睦が云うように「ジュンスイ」な人なのだ。他者と居ることで、そうありたい自分に近づける関係性というのは、それはそれで理想的だと思うのだ。

終盤の―俺が、クルちゃんの神様になってあげる。という台詞が涙腺を直撃した。
願い事を叶える券なんていう子供だましの餞別を、来栖がいつまでも大切にしていたことも、彼が望むことを睦が叶えてあげると口にしたことも、すべてが心に響いてきた。子供の頃というのは、両親や身近な友達、アニメのキャラクターをそれこそ神様のように信頼(崇拝)していたなと。彼らにとってはお互いが神様のような存在なんだよね。崇拝じみた恋愛には怖さを感じるけれど、彼らの使う「神様」は、もっとこう根源的な「神様」に近い響きがあってとても好き。

対等な関係なんかではない。庇護する者とされる者がとてもはっきりしている話だ。
「精神が子供の大人と恋愛すること」については木原さんの「こどもの瞳」を読んだ時にも考えたけど、答えなんて出ないのよね。現実を振り返っても、ボーダーラインに居る人たちだって恋愛をしたり家庭を持ったりしている。男同士だからというモラルや、性的なことに睦を引き込んだ来栖の罪悪感を越えて、二人が幸せならばそれでいいと思ったよ。だって、二人とも待って待って待ち続けたんだもん。だったらもういいじゃない!と思ってしまうのだ。彼らの選択や経緯に、私は特に引っ掛かりを感じることはなかったんだよね。ただ一つ確かなのは、彼らの幸いは来栖の精神的強さにかかっている(感想が来栖に寄っているのはその為ね)。クルちゃんにはもっともっと強くなって、是が非でも睦よりも1日長く生きて欲しい。そんなことまで思ってしまいました。

さすが砂原さん、面白かったです!


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「センチメンタル・セクスアリス」「メランコリック・リビドー」砂原糖子

センチメンタル・セクスアリス (幻冬舎ルチル文庫)センチメンタル・セクスアリス (幻冬舎ルチル文庫)
(2006/11/15)
砂原 糖子

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モデルの相原春巳には奴隷がいる。デカくて力持ち、家事もでき、自分の命令をなんでも聞く男。そんな都合のいい奴隷・真部仙介は理系大学院生。春巳とは幼馴染みだ。高校卒業の時、仙介に告白されプロポーズのように申し込まれた同居を始めてから4年。セックスの真似事はしているが、ホモじゃないから最後まではしない―そんな春巳に仙介は…。

唐突&今更ですが、私はツンデレというものが大好きなのですよ。
今作の主人公春巳は紛れもないツンデレで、しかもアホというオマケ付き。そう、ツンデレというのは別に優等生だけの特権じゃないのよね!この春巳のアホさ加減が可愛くて可愛くて、外出先で読んでいたのですが家だったら間違いなく萌え転がりましたよ(笑)久々にキャラ萌えの小説を読んでいるな~とニヤニヤしながら楽しんでいました、途中までは
奴隷宣言という名のプロポーズをした仙介とワガママ放題の春巳の関係には、「なにが先か」という捻りが加えられている。先に気持ちがあったのはどちらか。同性愛者だったのはどちらか。問題をややこしくしているのはどちらか。そこに絡んでくるのが春巳と過去の事件、そして父親との関係なのだが、伏線はあったものの春巳のアホキャラに惑わされたのか「あ~、そうくるか!」という驚きとともに読んでいました。関係の転換が素晴らしく鮮やか!
その辺りの心理描写を楽しませつつ、萌えとも直結している。文句なしに面白い作品でした。

実は読了直後の私のテンションはちょっと普段では有り得ない感じだったのだけど(帰り道に自作のアホッコツンデレの歌を口ずさむぐらいでしたから。酔ってましたけど)、文字にすると落ち着いてしまう自分が残念・・・。何が萌えるって、エロがすごく良かったのよ!!春巳の「早い」という性質にも萌えたのだが、一番ゴロゴロしたのはラストの挿入時に仙介が入りきらない部分を自分で扱くという描写にですね、え~と、は、発狂するんじゃないかという萌えを感じました。仙介はそれはもう我慢強い寡黙な男で気持ちを伝えるのも当然不器用なのに、最中の気遣いや行動の端々から春巳のことが大切で仕方ないという気持ちが痛いぐらい伝わってくる。それがキュンキュンで顔が綻んで大変でした。回数的にもホップステップジャーンプと三段階あり大満足。出来上がりつつあるカップルの行為なのに、三段階(厳密にはムリヤリ含めると四段階)のすべてに意味と萌えがあってイチイチ萌えるんだ!アホッコツンデレ万歳!!

*****

メランコリック・リビドー (幻冬舎ルチル文庫)メランコリック・リビドー (幻冬舎ルチル文庫)
(2009/04/15)
砂原 糖子

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中沢千夏史には好きな人がいる。九つ年上の売れっ子カメラマン日和佐明。日和佐は男も女も来る者拒まず、だが「子供は嫌い」と千夏史を相手にしてくれない。九歳のときに出会った日和佐は亡き兄・由多夏の恋人で、千夏史が恋心を抱いても叶わない存在でもあった。そして、二十歳になっても、千夏史の想いは募る一方だが…。

こちらは「センチメンタル」で当て馬役だった日和佐の物語。
「博愛主義」と嘯き男も女も大好きな遊び人と、そんな日和佐を出会った時から一途に想い続ける主人公の千夏史。そして二人の間に横たわるのは亡き兄の存在。以前ブログに書いた記憶があるのだが、私は「ライバルは死者」という関係性の物語が好きではない。なぜなら、死者を越えるのはとても難しいことだから。記憶は消しさることが出来ず更新もされない。「彼はこうだった」と自分で思い込んでしまえばそれが真実になる。日和佐も例外ではなく、「由多夏はこういう人間だった」と過剰にミステリアスに捉えている節がある。死者の気持ちは誰にも確認出来ない。だから、残された人が気付く(変える)しかないのだ。「子供は嫌い」だと千夏史を邪険にし続けた日和佐も実は大人になり切れていない大人で、その成長を止めてしまっているのは、一番大切だった他人の「本当の気持ち」を知る術を持たなかった後悔なのかもしれない。知ってしまえば傷付くと尻込みし続けて失ってしまった臆病な自分への後悔。「子供だ」とバカにしていた千夏史の真っ直ぐな気持ちが、日和佐は眩しくもあり怖くもあったのだろう。「子供」の千夏史を認めてしまえば、過去の自分達の記憶が近づく。「子供だったから」と記憶の片隅に追いやることも出来ず、かといって面と向き合うことも出来ない「あの頃」が見えてしまう。

上手いなと感心したのが日和佐の職業で武器でもある「写真」の使い方だ。
「記憶」は必ずしも真実を写さない。だけど写真は違う。写真は正しくその時を写し、しかも不変だ。
何を考えているかわからなかった恋人の真実は思いがけず近くにあった。だけど日和佐はその真実から目を背けて大人と呼ばれる年齢になってしまった。そんな彼が過去と正しく向き合い、「ああ、子供だったんだな」とストンと気持ちが落ち着く場面に感動してしまった。ミステリアスなはずの死んだ恋人は、30の日和佐から見れば紛れもない「子供」で、わからないと思い込んでいた恋人の「気持ち」さえも見えてきたのだ。大人になり切れなかった男が、子供だった自分達を発見したときに成長をする。この話で描かれているのは日和佐の成長憚に他ならないのだ。
日和佐と千夏史の関係に兄の存在はこれからも横たわり続ける。兄の存在を超えることは出来なくても、想い合う二人が幸せならばそれで良いではないかと素直に思った。こちらもとても面白い作品だった。

人気作家様の人気作品という事で感想は短めに~。
以下は砂原さんについて思ったことです。

何らかの「心の問題」を抱えてその為に行動と心理に多少のズレが生じてしまう登場人物。その心の問題というのは、トラウマと名前が付いてしまう程大きなものもあれば、人が生きていく過程で必ず付いてしまう「疵」のように些細なものまで多岐に渡っている。誰もが持つ小さな心の「疵」。時には自分でも気が付かないようなソレは見過ごしてしまえばそれまでだけど、絶対に何らかの形で表出はしていると思うのだ。砂原さんは、そんな誰もが普遍的に持つ「心の問題」を描きたい人なのだろう。
ということを思いながら、今まで何作読んでも「こういう人」という印象を定めることが出来なかった不思議な作家さんでもあったのだが、それはたぶん、作品を自分の書きたいもので終わらせない強い意志のもと小説を書いているからなのではないかな。作家の萌えと読者の萌えを擦り合わせるのではなくて、まず、読者の萌えどころを熟考してブレがない人。だから「心の問題」を描き続けながら、こんなにも「多彩」なのだと思う。砂原初心者(というか、BL小説初心者ですね)が何を偉そうなと思われるかもしれないが、二作品読了後には、とんでもなくプロ意識が高い人だと感心してしまったのだ。


というわけで、遅ればせながらファン宣言とさせていただきます~。
良い本を読みました♪



「ミスター・ロマンチストの恋」砂原糖子

ミスター・ロマンチストの恋 (幻冬舎ルチル文庫)ミスター・ロマンチストの恋 (幻冬舎ルチル文庫)
(2008/10/15)
砂原 糖子

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高校三年の千野純直は、成績優秀な生徒会長でテニス部のエース。本当は内気な性格なのだがクールで渋いと女の子に大人気。そんな千野は密かに二年の有坂和志に恋している。有坂を一目見ることが楽しみな千野は、外見はかっこいいのに心は夢見る乙女。有坂もまた千野の不器用さに気付き、惹かれ始め…!?商業誌未発表作品、書き下ろし短編を収録。

重めの作品&感想が続いたので、ちょっと気分を入れ替えて軽めの甘めのものが読みたいわ~なんて思っていたら、運よく本棚から未読のこちらの小説が出てきました。乙女男子(外見は男前)受けということで、ラブコメテイストを大いに期待して読み始めたのですが、蓋を開けてみるとそうでもなかったような。自分に自信がないヒロインが王子様とのハッピーエンドを遂げるわかりやすい話ではあるのですが、その自信のなさと外見内面のギャップに焦点を当てたお話でした。

乙メンはなぜ乙メンになったのか。
三つ子として生を受けた千野には愛らしい外見を持った2人の姉がいた。女の子2人と男の子1人。両親の気持ちの比重は自然と姉2人に向けられていた。これ、すごくよくわかります。別に女の子の方が可愛いと差別をしているわけではなくて、「女の子2人は平等に可愛がらなくてはいけない」という気持ちが強く働くのですよね。子供3人に両親は2人。両親の腕はいつも姉2人のものだったという千野の独白は切ない。彼が過剰にロマンチストになっていったのは、自分に向けられない愛情を求めていたからでもあったわけで。女の子になりたいわけではないけれど、でも、女の子になって姉達のように可愛がられたかったという千野の心理には非常に共感しました。
「可愛い」を排除されれば求めるし、押しつけられれば避けるようになる。
これは何も男の子に限ったわけではなくて、女の子にも同様に云えること。
余談ですが、小さい頃になぜ赤やピンクの服を着なければいけないのか一度ならず疑問に思ったことのある私は、思春期の頃にはすっかり可愛いものを寄せ付けない人間になっていました(今も若干その名残があります)。親友の朋巳が「可愛らしい小動物系美少年、でも乱暴者」という対比も分り易くてよかったですね。千野はあまりにウジウジしたヒロインで、途中一皮剥けたりするのかしらと思ったらそこまで強くなることもなく、あくまで乙女でしたが、でも彼にとっては好きな人に気持ちを伝えることが出来ただけでも大きな成長だったのですよね。千野が高校生の劣等感や自身の無さからくる自意識過剰をよく表現していた半面、有坂は高校生にしては少々出来過ぎのきらいがありましたが(主に人格面で)、ジンクスを信じる乙女で古風な子がタイプだったというあたり、似合いのカップルといった感じで微笑ましかったです。

あれれ、読みながらゴロゴロ転げまわるぐらい可愛い話だったのに、感想に書くと全然伝わらないのは何でだろう?普段あまり「高校生物」を読まないのですが、それは以前も書いたけど「永遠が見えないから」なのですよ。何を恥ずかしいこと云ってるんだって感じですが、本当に。でも、「ミスター・ロマンチストの恋」を読んで、改めて「高校生物」っていいなと思いました。何もかもが初めて尽くしの彼らには、その時の彼らにしかない必死さがあって、人を好きになるときに感じる様々な感情が最強に詰まっている。恋をするということは、喜びだけではなくて、悲しみや恐怖といった負の感情とも無縁ではない。でもそれを上回る喜びに満ちている。そんなことを思い出させてくれる素敵な話でした。

***

さて。
今この時期に「高校生物」を読んだら以下の話題に触れないわけにはいけません。
東京都が規制をしようとしている「非実在青少年」について関連サイトのリンク(時間がないので一か所です。スミマセン)と、思う事を書いています。基本的に頭の悪い人間なので認識の誤り等々あるかもしれません。詳しくはサイトをご覧くださいませ。

***

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Author:yori
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