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「極楽浄土はどこにある」樹生かなめ

極楽浄土はどこにある (ピアスノベルズ)極楽浄土はどこにある (ピアスノベルズ)
(2004/03/06)
樹生 かなめ

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都会の異次元空間、泉妙寺は筋金入りの貧乏寺。しかし美貌の住職・松前義旬は貧しさなど意に介さず、托鉢と自家製の野菜を日々の糧にひたすら清く正しい生活を送っていた。そんなある日寺にやってきたのは檀家であり美術商を営んでいる美青年・仁科博紀。彼はこともあろうに泉妙寺の仏像を外国人客相手の商品として売り出したいと言ってきた。頑なに申し出を拒もうとした松前を陥落するため、博紀が取った神仏をも恐れぬ行動とは―!?

感想を上げて良いものかと、一瞬、ほんの一瞬だけ迷ったこちらの作品。
仏罰覚悟でいきまーす(嘘です、見逃して下さい)
以前、他所様のブログでドン引き感想を拝見した時から気になっていたのです。
その理由は兎にも角にも大根!!
ええ、このブログを読んで下さる方は何に使うかおわかりですよね(笑)?
「そうか~、坊主に大根か~、それはとっても面白そうだなぁ」とドン引きされていた他所様を傍目にヒトデナシな感想を抱いてしまったのでした。その時は「樹生かなめ」という著者名を特に意識することもなかったのですが、最近になって「そういえば坊主に大根の作者じゃないか!!」と気が付き是が非でも読んでみたいと思っていたところを古本屋で捕獲したのです(仕事柄あまり話題に上げたくはないのだけど、行きつけの古本屋には御縁を感じる)。

ピアスノベルといえば投稿規定の要項にハッキリと「全体の1/3以上がエロ」と書いてある伝説のレーベルですが、読む前は、そうはいっても樹生さんのこと、またアサッテな方向のスンドメエロ描写なのでは?と予想していたのでした。
とんでもなかった。
これは、まぎれもないアホエロです。え~と、アホエロですよね?
ちょっと自信がないのは樹生さんが後書で「裏には深いテーマが」と仰っているからなのだけど、それは兎も角、アホエロはアホエロに間違いないと思います(何度云うつもりだ)。しかも、私の気持ち的にはアホエロエロとエロをもう一つ追加したいぐらい、罰あたりにも萌え滾りました(笑)えーと、毛がないってエロスなのですね。目から鱗と云うか、「開眼」というか、挿絵の神葉さんの神技カットの力も大きいのですが、ツルツルの坊主頭にキスの雨を降らす博紀の気持ちがわかるような気さえします。なんというか、住職が可愛いの!可愛くて可愛くて仕方ないの!!
「泉妙寺の住職はいやらしい尻が二つある」など悶絶するような台詞の数々。特に可笑しかったのが「人参ごときに初物を譲るなんて一生の不覚です」という台詞。そんな台詞が吐かれるからにはその前に人参による描写があったり大根による描写があったりするのですが、そしてそれは超無理矢理だったりするのですが(そりゃあドン引く読者もいるだろうよ…)、なぜか不思議と下品さは感じないのですよ。以前から思っていたのですが、樹生作品にはいつもある種の品の良さを感じます。それは、エロを「扇情的」に書こうとしていないからだと思うのですよね。「極楽浄土」は樹生さんにしてはエロエロだと思いましたが、それでも「坊主に大根」がとにかく書きたかったのだろうなと思わせる抑えがある(もしくは、抑えなんて意識しないで自然に書いているのかな)。線香や蝋燭を突っ込むのが上品なのかよ!?と云われるとスッと視線を反らしたくなりますが(笑)、兎にも角にも大満足です♪

「H場面1/3以上」という規定をクリアする為だと思うのですが、今まで読んだ中では受けと攻めの「対話」が成立しているようにも感じられました。まぁ、攻めは相変わらず人の話を聞かない奴なのですけどね。どうしてコミュニケーション不全とも取れるような関係性の二人を描き続けるのだろうと真剣に考えてみたのですが、恋愛の成就云々は樹生さんにとってはきっと二の次三の次なのですよね。特殊な環境や状況にある「受け」を通して、社会全体を俯瞰する視線を持っている。痛烈な皮肉や批判になっていないのは、何らかの決断を下す立場にはないと著者自身が自制をしているからなのかもしれないな。だから極端な話だけど、「社会×受け」小説とも云えるかもしれない。もちろん「攻め」の存在は不可欠だけど、「社会」と対峙する解決方法のようなものを示唆する役割は含まれない。それも当然で、社会との関係は解決策があるような問題ではないからなんだよね。
貧乏故に崩壊寸前の寺を抱え、清貧を地でいく生活を送る松前(住職)。お寺は檀家のお布施がなければ成り立たない。昔は定期的に法事を組み、その度にお布施をしていった周囲の檀家達だったが、時代が移るにつれ人々の信心深さはなくなり、人は死者を悼む心を現実生活の厳しさの中に置き忘れてしまった。そのことを嘆き悲しむ松前だけど、変わってしまった人の心は取り戻せない。そしてどんどん貧乏になっていくというスパイラル…。そこに白黒ハッキリした答えは存在しないわけで、後書にあった「テーマ」とはこういうことなのかなと思いました。

現在絶版というのが本当に残念。
大根描写に引かない自信がある方、心からオススメします。
かなり罰当たりな話ですが、私は好きです!大好きです!!これも続編希望!!


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「ありのままの君が好き」樹生かなめ

ありのままの君が好き (SHYノベルス)ありのままの君が好き (SHYノベルス)
(2005/04/04)
樹生 かなめ

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「俺のぶーになれよ、幸せにしてやるから」人呼んで『ぶたごりら』の四天王寺寿杏はゴリラの巨体に乙女の心を持ち、父親が死んだら自分も死ぬと断言するファザコンの成人男子である。外を歩けば後ろ指さされ、家でめそめそ泣いてお菓子を貪り食べる…そんな寿杏の家に、ある日、高校時代の同級生で父親の弁護士事務所に勤める若手弁護士・英駿二が同居することになるのだが。好き、好き、好き、好きになる?誰が誰を好きになる?人生を豊かにするウルトラ・オトメチックラブ誕生。

数ある樹生作品の中でもたぶん「龍&Dr」に次いで有名なのではないかと思われるこの作品。
読む前は8割方が笑いのコメディだろうと予想していた。ところが読み始めて数ページで涙腺が決壊しそうになり、その後もところどころで泣きそうになり、とにかく全編通してウルウルしっぱなしだった。

外見コンプレックスを強く持つ主人公といえば、先日読んだ「不細工特集」が思い浮かぶけど、寿杏に比べればあの国枝さんですらまだまだマシな方だと思えてしまう。203㎝170㎏の縦にも横にも大きな身体に人相は「ゴリラ」と表されるのも頷けるような凶相(ゴリラ、可愛いけどね)。そして、料理以外は勉強も運動も何も出来ない引きこもり気味の25歳成人男子。ただ、その心根は誰よりも優しく純粋。それ故に超が付くぐらい「卑屈」でコミュニケーション不全のファザコンという、これでもかと「(BLとしての)!?」を詰め込みまくった寿杏。そんな彼が受けなのだから、樹生さんスゲーよ・・・としか云えなくなってしまう。木原さんの「Don't Worry Mama」でもデブで性格が悪い受けが登場したが、彼は最終的には脱皮したので、そういった意味でも樹生さんはやっぱりスゴイ。

ミステリーの叙述トリックと同じで、小説ならではの手法を存分に使った作品だと思うのだ。何せ寿杏の姿は読者が脳裏に思い浮かべるしかないわけで、挿絵の雪舟さんは本当に良い仕事をしている。「不細工に萌える!」という猛者が多いのも知っているが、もしこの作品が漫画だったら、私のウルウルは3割減ぐらいはしていただろうな(ヘタレで申し訳ない)。視覚イメージがないから萌えるのだということを理解しながら楽しむ面白さがあると思うのだ。

攻めの英は私にとってはすっかりお馴染になった、樹生キャラ特有「人の話を聞かない攻め」なのだけど、彼が寿杏を見染めた理由というのが「究極の愛」なのだ。英はゲイだけど、デブ専でもなければブス専でもない普通の嗜好の男だ。そんな彼はただただ寿杏の内面に惹かれて熱烈な愛の言葉をぶつけるのだ。あらすじにある「ウルトラ・オトメチックラブ」とは寿杏の性格が「乙女」という意味と、「超少女漫画的展開」のことを指しているのだと勝手に思っている。コンプレックス故に卑屈だけど他者を嫉むことなく呪うことなく慎ましく生活する従順な寿杏。彼は外見以外ならばまさに男が理想として抱きそうな「嫁(いや、だいぶ他の能力に問題ありかな。押し売りとか詐欺とか運転とか…)」ともいえるのだ。容姿と能力が人より数倍優れている英は性格に難ありで、人と3日も過ごせばアラ探しをしてしまい結局別れるという付き合いを繰り返していた男だったのだ。寿杏の外見が内面を形成していることも含めて、英は「ありのままのおまえが好きだ」という殺し文句を繰り返し吐くのだからたまらない。寿杏が今まで他人から受けてきた言葉による暴力の数々の描写を読んだあとに、そんな熱烈な愛の言葉を読まされるのだから、私はもうコロッとやられてしまったよ!

ところで、キュンキュンする一方で実は結構大きな「怖さ」も感じたのだ。
生まれ持った外見は仕方がないとして、寿杏の性格と体形の一因を担うのが父親である嘉一だ。
嘉一は寿杏がこのままでは良くないということを重々承知しているし、息子の未来を少しでも明るいものにする為に助言なり手助けなりをしていたのだが、不仲が続いた妻との離婚を契機に寿杏の成長を投げてしまう部分がある。それは、従順なままの寿杏でいて欲しかったからに他ならない。息子が変化することを恐れたのだ。人間不信のきらいがある嘉一にとって、息子の寿杏だけが「ありのままの姿」をしていて「ありのままの姿」を受け入れることの出来る稀有な人物だったのだ。ファザコンの寿杏と嘉一の間に漂う蜜月のような雰囲気を「母と娘」に転化したら、それはもう一気に「母は娘を支配する」(斎藤環)の世界だとも思うのだ。ままま、嘉一は自分の死後を心配して、自分と同じような性格の英を寿杏にあてがう為に2人を引きあわせるという力技を見せているのだけど。
親は子供を支配することが可能なのだと、ちょっぴり暗澹とした気持になってしまった。本当にちょっぴりだけ。
寿杏は父親が大好きで、父親の世話をするだけで幸せという息子なのだけどね。

斜めな感想も抱いたけれど、卑屈なお姫様が自信満々の王子様に救われるラブストーリーとして十分に楽しめたし、深い感動すら覚えてしまった。寿杏はその体形故に道行く人に後ろ指を指されるような人生を送ってきた。自分は絶対にそんな言葉は云わないと思っても、203㎝の男が前から歩いてきたら思わず視線は向けてしまうと思うのだ。そこに明確な悪意はなくても、寿杏が感じている苦痛はその視線の延長線上にあるもので、だから「千人より俺」と本気で云う英の言葉に打たれてしまう。誰の視線も言葉も気にしない、なぜなら愛してくれるたった一人の人が側に居るから。それって、すごくすごく素晴らしいことだと思うのだ。改めて云うことでもないけど、本当にそう思う。

ぶーに幸あれ!(続編希望!!)



「炎の中の君を祈る」樹生かなめ

炎の中の君を祈る (クリスタル文庫)炎の中の君を祈る (クリスタル文庫)
(2004/10)
樹生 かなめ

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天才科学者清水昭利の高潔な理想は、周囲の人間の欲望によって裏切られていた!そして彼が魂を削って開発した限りなく人間に近いアンドロイドもまた―。予想もしていなかった悲劇が現実であることを知った時、怒りは世間に疎い研究者だった清水を変え命を賭けた戦いへと…。渾身のヒューマンドラマ。


BLではない。ライトノベルという言葉も、その言葉の軽い印象から使いたくはない。
何て説明すれば良いのだろうかと考えて思い浮かんだのは「樹生さんの書いた小説」だった。

誰でもいつかは死ぬ。
それと同意義で、誰でもいつかは老いる。
余程の強運の持ち主でなければ医療や介護(程度の差はあれ)を受けながら老いることと無縁ではいられない。
祖父母、父母、義理の父母、夫、そして自分自身。この先の人生に、一体どれだけの人の老いと死を見つめなければならないのかと思うと気が遠くなる。誰もが通った道である、何も恐れることはないと気持ちを奮い立たせるには不安要素が多すぎる(社会的にも個人的にも)この問題。
物語冒頭、樹生さんはこれでもかと容赦ない現実を淡々と描写する。近未来というフィルターが掛かったとしても、人の死をめぐる周辺で起きている諸々は今日の状況と変わらない。介護疲れによる近親者の殺害、心中、嘱託殺人などが頻発し、最期のときを安らかに迎えることの困難さがひたすら描かれる。誰もが疲弊している。医療従事者とて例外ではない。過労によるストレスは人の心から余裕を奪い、表情からは笑顔を奪う。そんな状況に絶望した天才科学者がいた。彼はその絶望を糧に、自分のすべてを投げうって究極の人型アンドロイドを開発し、時代を変えた。そして人型アンドロイドが開発されてから数十年後、天才科学者の高潔な意志を引き継いだ清水は、より良い人型アンドロイドの研究開発が自分の使命だと信じ、日々の研究にすべてを捧げていた。

アンドロイドは命令されたことに決して逆らわない。清水は彼女達を「聖女」として崇めているが、その想いが大多数の一般的な人間に伝わることはなかった。従順な性格に容姿も生身の人間と遜色ない「女」。その末路に何があるか、想像するのは容易だ。だけど、アンドロイド研究にすべてを捧げて生きてきた清水はわからなかった。彼女達に完璧な「女性器」を付けるように命じられてもなお、わからなかった。病人を癒し、介護者を抱える家族を救い、医療従事者を助け、それでも微笑みを絶やさない理想のアンンドロイドを作り出したと信じていたのだ。清水は自分の無知を、知らずに犯してきた罪を知り憤慨する。
アンドロイドの彼女たちが辿ることになった運命は悲惨極まりないが、それと似たような現実だってそこかしこに転がっている。従順であることは決して美徳ではない。反抗の声をあげなければ搾取される一方の関係がこの世界には確かにあるし、いつだって割を食うのは女の方が多い。従順な人間もまた搾取されるだけであるという現実だ。
なぜ、この話に男型のアンドロイドが一体も出てこないのか不思議だった。小説として全体を眺めた時に、たとえば私は清水を取り巻く男達のある1名が「実はアンドロイドだった」というオチになるのかとずっと考えていた。だけど終始徹底して男のアンドロイドは描かれない(存在はするが清水と関わることはない)。正直、とても偏った小説だと思った。あまりにも「書きたいこと」が明確にすぎて、それ以外は作者の目に入っていないと。例えるならば、起承転結の「起」しか描かれない小説。言い換えればそれは問題提起の「起」でもあるのだが、続編が必要な話と云うわけでもないのだ。読んだ後に強烈な痛みと、だけど確かな希望を残して燃え尽きるような、力が籠った小説だった。

読み終えた直後のその感想は、後書を読んだことで確信に変わる。

樹生かなめは元医療従事者です。労働基準法完全無視で働いていた時代のことは、今でも鮮明に覚えています。また、樹生かなめは病人を抱える家族でもありました。あの時のことは生涯忘れないでしょう―(中略)
この本だけははっきりと言います。
この本は書きたくて書きました。書きたくて書きたくて仕方がなかった。


ああ、そうなんだろうなと。本当に、本当に、作者はこの話を書きたくて書きたくて仕方がなかったのだろうなと。私は普段、後書というのはあくまで後書で、本編を捕捉するようなものになるのはあまり良くないと考えている読者だ。でも、この後書は、この話に必要だったと心底思った。なんだろう、書き手の「血」を見たような気がしたのだ。何があったのか語られなくても、十分伝わるような、読む手が震えるような言葉の羅列だった。

多くの問題をはらんだ作品で、読み手を選ぶ内容だとも思う。数年前の自分なら、もしかしたら「アンドロイドの人権面」に反応しただけで終わったかもしれない。清水もまた、会社という営利団体に属する人間だということを考えることはなかったかもしれない。介護、医療の問題についても同様だ。とても重い話なのだけど、清水と彼を取り巻く男達とのやり取りは可笑しいし(最初にBLではないと断ったけど、そういった要素は本当にない)、ギリギリのユーモアがある。そう、絶望は見えないのだ。わかりやすい救済は与えられなくても、でも、清水は諦めずに立ちあがった。その姿は希望以外の何物でもないと思う。読み終えたあとにタイトルの意味を知り、また震えた。





「黄昏に花」「黄昏に花が舞う」樹生かなめ

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千代田中央銀行のエリートコースからドロップアウト、子会社のビルカム・チヨダの業務課課長・岩井。特性、不能。癖の強い部下に振り回され、かつてのライバルには嘲笑われながらも、毎日を淡々と過ごしている。そんな岩井の前に、エリートコース邁進中、全女性社員の憧れの的・小田原が現れた。しかも小田原から猛烈アプローチを受けることに!?熱く迫る小田原も不能には適わないかと思いきや、情熱は増すばかり!?枯れた男と燃える男の熱い恋の物語登場。(黄昏に花)
千代田中央銀行のエリートコースからドロップアウト、子会社のビルカム・チヨダの業務課課長・岩井。特性、不能。そんな岩井の恋人は、本社エリートコースまっしぐら、全女性社員憧れの的・小田原だ。岩井の不能をなんとか治そうとする熱烈な恋人の求愛と個性豊かな部下に囲まれ、岩井の毎日は淡々と過ぎてゆく。そんなある日、部下の真砂が失恋して!?愛しさは恋になるのか?岩井忠生&小田原保徳の愛しき日々、登場。(黄昏に花が舞う)


何処を探しても見つからなかった「黄昏に花」ですが、ようやく読むことができました。
これまでに感じたことのないような読後感に戸惑いすら覚えています。
それは面白いと云うよりも、とにかく愛しい。愛しくて愛しくてたまらない。
岩井が、小田原が、ビルカム・チヨダの面々が、「黄昏に花」の世界そのものが無性に愛しくて仕方がないのです。何て云えば良いのだろう?たとえば私は彼らの話をあと、もう、延々に読んでいたい。岩井と小田原の関係に進展があってもなくても、彼らが生きている「黄昏」の世界にもっともっと浸っていたい。二人の恋愛模様だけではなくて、瀧が本社の小池君とどうなるのか気になるし、真砂が作る勝負料理と結婚退職の行方が気になるし、破壊神森田が次は何を壊すのか気になる。辻がビルカム・チヨダの仕事と人生に希望を見出せるかが気になる。その時岩井が何て声を掛けるのかが気になるし、そんな岩井と辻に一言云わずにはいられないだろう小田原が気になる。こう、すべての人間が等しく生きていて、等しく魅力的に描かれているから、こんなにも愛しいと感じるのよね。

また「黄昏に花」というタイトルが素晴らしい。
内容のすべてを表わしていて、尚且つ単語としても美しく、もし今後「ベスト オブ BLタイトル」を決める機会があれば(あるのか?)、文句なしで堂々の第一位。そのくらい「黄昏に花」という言葉は私的に完璧だと思います。

岩井は何も持たない男。彼の生き様を見ていると、欲望がないということは、絶望もないのかもしれないなどと詮無いことを思ってしまった。35才にして左遷の憂き目に合い、妻子は去り、男性機能は不能。その状況が何ら改善されることなく10年の月日が流れて、岩井は文字通りに「枯れた」45才になっていた。「あとは人生の黄昏時に向かってただ歩くだけ」と静かに腹を括って生きている岩井の姿は、淡々とし過ぎていて、物悲しさすらあるのに、どこか滑稽。そんな岩井のちょっと外れた言動ひとつひとつが愛しくて仕方ない(しつこいですが、これしか云い様がないのです)。彼に熱烈な愛情を捧げる小田原は、最初は樹生作品でよく見かける「人の話を聞かない攻め」だと可笑しな気持ちで読んでいたのですが、「オヤジだから」とのらりくらりとかわす岩井の狡さに一歩も引かない「熱い男」っぷりが、これまたどんどん愛しくなってくる。樹生作品を読むと、私が恋愛小説を読む上で気にしてしまう「なぜその相手を好きになったのか?」がすっごく瑣末な問題に思えてくる(笑)
好きだから好き。あなたの老後の世話は自分が見ます。老い先短い残りの人生をすべて僕に下さい。―こんな若干失礼だけど熱烈な愛の言葉を一方通行気味の恋愛関係なのに浴びせるように発する小田原。さすが「ゴリ押しの小田原」。岩井の不能を治そうと躍起になる彼に、徐々にだけど絆されてゆく岩井。そんな二人が、やっぱりどうしようもなく愛しい。
各話のラストに入る台詞とモノローグがこの話の優しさと温かさを物語っていると思います。
「まず、インポを治してあげます」
この時より、人生の黄昏に向かって歩いていた岩井の日々が一変した。

伝わりますか?台詞の可笑しさとモノローグの優しさ。それが無理なく共存している小説世界の稀有さが(褒めすぎ?)

そしてこの小説の魅力は優しさだけではない。
時折挟まれるドキッとするような現実社会の過酷さ。悲惨さ。それは厳しい競争社会に脱落した岩井だからこそ見える部分。負け組の視点があって、でも樹生さんは勝ち組の葛藤を挟むことも忘れない。皆が等しく会社という社会の中で生きている。人生にリタイアする人がいても、それでも残された人々は生きていかなければならない。どうせ生きるのなら黄昏時のそのまた彼方まで、横を歩く誰かと共にあれたら幸いなのではないだろうか。

とにかく、なんて異質な物語(BLとしてかな。JUNEとしてはどうなのだろう)かと、感嘆するより他ない。
主役である岩井と小田原に起こった出来事(物語が動く上での)が、諸々の出会い、無理矢理(!)、告白の後は、「岩井がギックリ腰になり、小田原が親知らずで苦しんだ」になってしまいそうなところも凄いし、そんな日常をもっともっと読んでいたいと読者に思わせる樹生さんが凄い。樹生作品の特異さは私の拙い言葉では表現し難いものがあるのだけど、その底なしの奥深さというか「アナザーワールド」(byA林さん)っぷりを最も実感したのが、この「黄昏に花」でした。
そもそも受けが45才はともかく、終始「不能」で特に治す気もないのだから!この設定だけで「トンデモ」だと覚悟をしていたというのに、彼らの愛しい日常に感動すら覚えるなんて!凄いとしか云えないよ!!槇えびしさんの挿絵もとても素敵で、挿絵を早く見たくて小説のページを捲ったのは久しぶりだ。

「花が舞う」は07年刊行だけど続編は出ないのかな?
バイアグラは飲んだの!?不能は治るの!?岩井と小田原は合意でいたすことができるの!?
この作品、本気で続編を切望します。

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「龍の初恋、Dr.の受諾」「龍の宿命、Dr.の運命」樹生かなめ

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「氷川諒一、俺の女房にします。これでいいですね」明和病院に勤める患者思いの内科医・氷川諒一は、ある日、幼い頃大事にしていた清和くんと思いがけない再会を果たす。ところが、小さくて可愛かったはずの清和はすっかり立派なヤクザになっていて!?今度こそ離れない!氷川は自分を避ける清和の下に乗り込むのだが…。ファン待望の再会編『Drは龍に乗る』が大幅加筆修正で登場。「龍の初恋、Dr.の受諾」
「俺は眞鍋組から離れない。先生は俺から逃げない」眞鍋組の金看板、橘高清和を恋人に持つ美貌の内科医・氷川諒一は、ひとつ大きな悩みがあった。それは自分の大切な可愛い清和くんがヤクザということだ。清和が組長になる日が近づいたとき、反対派から氷川を守るため、清和は彼を実家に預けるのだが。ファン待望の氷川の姐誕生&清和の組長就任編『Drは龍と立つ』が大幅加筆修正で登場。「龍の宿命、Dr.の運命」

熱烈なレビューに背中を押され、恐る恐るですが手を出してしまいました(A林さん、ありがとうございます!)「もう二度と離さない」で私を思考停止状態にした樹生さんの超有名作品。10巻に及ぶ人気長編小説ということで、続き物が苦手な私が果たしてどこまでついていけるか不安な部分もありますが、新装版として刊行された2冊はあっという間に読了しました。た、楽しかったけど、このシリーズの向かう所がまったく見えないというか(レビューで知ってはいるのですが)、既読のBLや所謂「ヤクザ物」とは一味も二味も違う印象を受けました。
というか現在の私の偽らない印象を正直に云うと、「ホームコメディ」が一番近いかもしれません。

まず何が驚いたかというと、受けと攻めが物語の前半も前半で「思慕→再会→成就」を速攻で済ませてしまったことでしょうか。「ホワイトハート」レーベルの色(ってよくわからないけど)を考えると奇妙なことではないのかもしれないですが、物語の「山場」を「恋愛」ではなく樹生さんは何処に設定したのかしら・・・と思っているうちに1巻目が終わってしまったという(笑)ヤクザ的な事件も起きなかったし、二人の「再会編」としては看板に偽りなしではあったけど。榎田さんの「眠る探偵」や鳩さんの「帝都」も同じレーベルから出ているけど、一応納得出来るような「山場」や「テーマ」がまず前面に出ていたと思うのですよね。うーん、覚悟はしていたけど色々な意味で面白い!と思いましたよ。
そして次に驚いたのは氷川の滅私盲愛もさることながら、攻めの清和の「無口」っぷりでした。この子、本当に本当に喋らない。「ああ」という相槌だけで延々と続く会話とかざらですよ。それを受け入れる氷川の以心伝心も凄い。阿吽の呼吸じゃなくてテレパシーレベルでの意思疎通です。A林さんも仰っていましたが、こんなに喋らない攻めってなかなかいないと思うわ。それを猫可愛がりする氷川の「無償の愛」も、ただただ「無償の愛」であるということのインパクト。清和への愛情が「男(恋人)」へ向けるものと「子供」へ向けるものが同じ強さで存在していることの強烈さ。氷川に「いい子だから」と言われて「・・・・・・」と黙るしかない清和―その一連のやり取りが段々癖になってくるから不思議だ。
そしてこの二人って、作中まったく別々の行動をしていることが多い。いや、違うな。なんと表現すればいいのかしら・・・共同作業がない?氷川は清和をヤクザの世界から足を洗わせたくて仕方がないのだけど、清和は端から聞く耳を持たない(云う通りには絶対に出来ないけど氷川の気持ちはよくわかっている)。この辺りの互いの一方通行ぶりってかなり独特な気がする。そう、清和の氷川に対する扱いは「先生は(女は)家で待ってろ」に終始徹底されているんだよね。普通BLだったら「二人が」関わることで物語が展開すると思うのだけど、1,2巻読了したところ、それがない。また本編は氷川視点で進むので清和側の展開が予測出来ない。だから2巻の「眞鍋の絆」を読んだ時は正直「えっ!?」となったのよね・・・。本編で清和に敵対していた組員が2人不審死を遂げる事件の清和視点話なのですが、いや、予想はしていたよ?していたけれど、まさか本当にその通りだとは・・・。「ホームコメディ」楽しいな♪と油断していた所に正体のよくわからないパンチをもらったといいますか。こんなことで驚いた私が変なのか?清和の仕事はあくまでヤクザなんだなーと遅まきながら実感いたしました。氷川視点の「可愛い」「いい子」な清和を無意識のうちに刷り込まれていたのかな・・・これが今回一番驚いたことです。エロ的な鬼畜ではないヤクザ、なんだか新鮮だわ。
まだまだ先は長いけど、読み進めて行きたいと思います!


*お知らせ*
日常雑記専用の日記を始めてみました。
かなり適当に好き勝手呟いています。興味がある方はリンクの「anemometer」からどぞ。

プロフィール

yori

Author:yori
気がつけばいつもそばにBL.猫かぶってみても、結局たどりつくのはそこなのです。感想は基本的にすべてネタバレ注意です。拍手&コメントありがとうございます。拍手コメントは該当記事のコメ欄にてお返事いたします。リンクフリーですがご一報頂けると嬉しいです。

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