「山へ行く」(萩尾望都)

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早速他の本を読んでいるわけですが(笑)今月は本を買い過ぎた。
基本的にお金の掛かることや無駄遣いは嫌いなんです。でもまあ、付き合いも少ないし旅行も滅多に行かないし、他に趣味もないし・・・その分相方がやたら金の掛かる趣味を持っていたりするのですが。とにかく本はいいんだよ。問題は自分の店で買わない本が多いことぐらいだ。大丈夫、大丈夫。

萩尾作品は過去に『半身』『バルバラ異界』そしてなんと『ポーの一族』を断念というかあまり好きになれなかった記憶があるので、何に手を出すか迷いました。『山へ行く』を選んだのは最近の短編集で、なおかつ文庫じゃないというのが大きな理由です(文庫化された漫画って持ち歩きにはよいのですが眼が疲れてあまり好きじゃないのです)
面白い!この雰囲気好きです。日常の隙間にふとした瞬間訪れる非日常。ファンタジックでSF的な設定もこのぐらいだと心地よく馴染みます。そして現代の日本を舞台にした萩尾作品を初めて読みました。特に好きなのは、音楽一家に生まれた長男が母の死後に愛用していたピアノを燃やす「くろいひつじ」。すごくよくわかる!と言ったら私の神経を疑われそうだが、よくわかる。「持っている人」は「持っていない人」のことなんてわからないんだよ。でもね、「持っていない人」は「持っている人」のことをわかるんだ。だから余計に辛い。
良い本を読んだなー。満足だわ。

「残酷な神が支配する」(萩尾望都)

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読んでいる間中息が詰まって呼吸がうまくできていない錯覚に陥った。
暴力によって人の心が破壊し尽くされる様をみた。愛と憎しみの混濁に翻弄される人の深淵をみた。それでも再生に向かって歩こうとする人の強さをみた。
私の言葉なんぞでは表現できないような凄まじい漫画だった。

暴力と破壊の前半と、再生と回復の後半と。

性的虐待を受けた子供がその傷を完全に克服することなんて有り得なくて、過去のフラッシュバックと対峙しながらその記憶との闘いに慣れていくしかない。愛は人を救うこともできるけど、愛だけではたぶんだめなのだ。愛は「後ろ盾」であり、あとは自分の力で脱却していくしかないのだ。巡る季節の中で、崖の淵まで追いやられながら共に闘う共犯者がいる幸い。ジェルミとイアンはきっと大丈夫なんだろう。
「残酷な神」とはあまねく神の名であり、同時に子にとっての絶対神、親のことである。その愛と暴力による支配から子供はどう自立していくのか。一個の人間に人間を託すこの世界でジェルミのような子供がどれだけいることか。

萩尾望都は私にとっていつまでも『トーマの心臓』の作家であり、どうしてもその枠を出なかった。その全体的な魅力も、24年組と俗に呼ばれる漫画家たちの洗礼を受けていない私には、いまいちよくわからないというのが正直なところ。それでも紛れもない「天才」と同時代に生きているのは、きっと幸福なんだと思う。風呂に入りながらふと「萩尾望都が日本人である」という当然の事実に気が付き、また衝撃だった。やっぱり凄い。

西炯子

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西炯子の漫画は一言でいうと「肌に合う」のです。
人物の内面描写や距離の取り方がすごく心地よくていつまでも読んでいたいような。
孤独とは少し違った「ひとり」であるということを、西炯子の漫画は教えてくれる気がします。
その魅力を上手く言葉に出来ないのがもどかしいです。すごく好きなのに伝えようと思っても空回りしてしまう。JUNE期の作品は未読なのですが、現在の地方を舞台にした高校生達の青春物こそ西炯子の真骨頂だと思う。のんびりしているのに大人びていて、恋愛にはちょっと奥手で趣味や部活に高じる彼らの姿は、懐かしさと親しみと憧憬のようなものがブワーッとなってじわじわ心にくるのです。
特に好きなのは『放課後の国』『STAYシリーズ 少年』『同 双子座の女』(いずれも小学館)。もちろん高校弓道部を舞台にした『ひらひらひゅ~ん』も好き!同性への淡い憧れや友情とも恋ともつかない繊細な感情が丁寧に綴られています。そして西先生の漫画はどれもそうなんだけどコメディー描写が本当に面白い!漫画が上手だとしみじみ思います。みんなもっと読んでいいのにー

後書やコメントを読むといかに西先生が男前なお人か伝わってきて、私なんぞお会いしたら一発で惚れてしまいそうです(笑)

「光」(三浦しをん)

予期せぬところで同時に読んでいる本のテーマがかぶることってありませんか?
その本のことしか考えられないほど夢中な時って、自分の感覚が妙に研ぎ澄まされて普段なら気にしないような偶然も必然だと思いたくなってしまうというか。何が言いたいかというと、たまたま「読むぞ」と決めていた漫画と文芸書のテーマがたまたま同じだったんですね(漫画の方は知っていたけど)。
相乗効果で良い結果になることもあるのですが、今回は残念ながら9:1で漫画に軍配が上がります。文芸書の出る幕ではありませんでした。もし同時期に漫画を読んでいなければそれなりに心に残ったかもしれないのですが、これはタイミングが悪かった。

その漫画は『残酷な神が支配する』(萩尾望都)、文芸書は『光』(三浦しをん)。テーマは「暴力(と再生)」
漫画の方は追々感想を書ければと思いますが、まともなことが書ける気がしない。人の心が壊れる瞬間をこんなにも的確に表現すること、それは文字でも映像でもなくて「そうか漫画か」と震えがくるぐらいの衝撃でした。

三浦しをんはいつの間にか新刊買いの作家になったのですが、良くも悪くもこの人の作品は「漫画的」だと思うの。それが吉と出たのが『まほろ』『風が強く』『仏果』のコメディー要素が高い作品で、明るく熱いエネルギーが魅力であって、『私が語り始めた彼は』のような暗い話も好きだけど文芸性を損なうような暗いテーマではなかった。文芸性を損なうというのは私の勝手な解釈だけど、暴力、悪、殺人が主題の『光』はどこか「借り物」のような印象が拭えなかった。三浦しをんが書くのなら、もっと違う書き方があったのではないかという感じ。登場人物の誰にも救いがないのよね。だからといってノワール小説と言い切るほど徹底はしていなくて。結局帯の言葉を読んで想像した物語の範疇をあまりにも出ていなかったのでガッカリしているのだわ、うん。

天災ですべてを失った中学生の信之。共に生き残った幼なじみの美花を救うため、彼はある行動をとる。二十年後、過去を封印して暮らす信之の前に、もう一人の生き残り・輔が姿を現す。あの秘密の記憶から、今、新たな黒い影が生まれようとしていた―。

本を読む手は止まらなかったので語り方は上手だと思うんだけど、ずっと「どこかで読んだ気がする」感があり、東野圭吾の『白夜行』にちょっと似ているかも。突発的に訪れた天災という名の暴力は、信之をとてつもない暗闇に落とすけど、シリアルキラーのような彼の不気味さと深淵が見えてこなかった。普段と違う三浦しをんを読めたということで納得するとしますか。

「少年アリス」

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結局のところ私の趣味嗜好の原点なんだと思います。
長野まゆみの少年愛的な世界を知らなければ、私はこういった趣味にならなかったような気もするし、遅かれ早かれ出会う作家ではあっただろうけど意味合いが少し違っていたかもしれません。

ただ私はこのブログで長野まゆみについて触れるのを躊躇するぐらい、長野まゆみと「JUNE(BL)」は似て非なるものだと思っているし、望んでいました。作家の変化と成長を読者である私は受け入れるか読まなくなるかしかないわけですが、長野まゆみはずっと読み続けてしまいそうです。
『少年アリス』の改造版が刊行されたこの機会にちょっと吐き出してみようかなーと思いました。

現在の純粋なファンの方に読まれるのは多少心苦しい点があるのでたたみます。

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「トラッシュカン」

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書店POPの言葉は「古張乃莉、再起動」
目に入った瞬間目頭が熱くなった自分は相当キモイと思います。
おかえりなさい。

ゴミ箱という名の作品集。
収録されている作品は9つ。ナインストーリーズですね。
デビュー作(94年)、描かなくなる直前、そして昨年「Wings」に掲載されたものと書き下ろし。
ずっともう一度読みたいと思っていた「告白ごっこ。」もありました。鮮やかで誌的な言葉の羅列はまったく色褪せていなくて10年前の作品とはとても思えません。中学生男女三人三様の歪みを、今の私はちょっと遠い所から眺めることが出来るようになっていました。

正直不安もありました。
昔と今と、古張先生だってきっと変化をしていて私はその変化を好きになれるかどうか。でもそんなことは杞憂に終わりました。07年に描かれた「痛みのない日」「ふれるはずの未来」が特に素晴らしかったんです。内省的な雰囲気や言葉が少し現実味を帯びて、伝えたいことが最小限の言葉で伝わってくる感じ。先生はやっぱり漫画を描くべき人です。『飛行×少年』の続きとか、期待してもいいのでしょうか。これからも「Wings」を中心に活動されるようです。今まで私は新書館に対して実は不信感があったんですよ。連載を中座させてそのまま、という作品作家が多いので。作家を導くことが出来る編集者がいないのかなーなんて。でも古張先生再起動にはきっと編集の方の力が大きいのではないでしょうか。こんなに静かに復活を熱望されていた人もいないと思います。編集者というのは一番初めの読者なわけですから、その人は心の底から先生の作品を愛していたんだろうな。

待っていれば再会することもあるんだ。幸せです。

「きのう何食べた?」(よしながふみ)

高校の友人が結婚することになりました。親しい友人では初「結婚式」です。予定は来年の5月だそうですが、ずいぶん前から色々動くのですね。私は「結婚式はしない」というポリシーのもと生きてきたので式は挙げていません。が、友人は話が別です。きちんと結婚式を開いてお祝いしてあげることを望んでいます。一人、私とまったく同じポリシーでもって式を挙げなかった奴がいました。何を隠そうホモ友です(笑)
結婚の話というのは、惚気かその逆かしかないように思います。まだ周りに独身が多いので「最近どう?」と聞かれれば「んー、ふつう」「ここ数か月は平和だねー」とか答えるしかないわけで。まだ一応新婚なので色々な面で「覚悟」が足りない私ですが、結婚して何が一番良かったかというと「結婚しなくちゃ・・・」と思わなくていいことなんですよ。すごく楽。型に嵌まっていることに安住して中身が伴っていないことが多々あるんですけどね。

さて、よしながふみの初青年誌連載漫画の2巻が出ました。何かの記事で「よしながふみの漫画が青年誌に連載していることはひとつの事件だ」と読みました。確かにBL同人出身でここまでメジャーになった作家はいそうでいない。しかも自分の色を変えずに。正直に言うと私はよしながふみのBLがあまり好きではありません。美しい人物を描く人だと思いますがBLになるとどうも萌えないのです。では一番好きな作品はというと断然『愛すべき娘たち』(白泉社)という少女(雑誌掲載の)漫画です。「好き」というか、衝撃を受けて暫く呆然とした漫画なんですよ。中学の同級生3人を軸にした連作集なのですが、その中で本当に忘れられない話がありまして。ごくごく自然に思想教育を受けて美しく健やかに育った女性の話。残酷であると同時に静謐で清々しく、そしてとても美しい話なのです。私も実はキリスト教の思想どっぷりの幼児期を過ごしたせいか何となく周囲の子供たちと合わないなーというのを感じていた子供だったのですよ。そんな大袈裟な話でもなく、ただイエス様マリア様神様がとても近くにあって「自己犠牲の精神」」のようなものが普通だと思っていたという程度です。今は影響を受けているとは微塵も思いませんが(笑)だから本当に衝撃でした。訳がわからず泣きそうになるぐらいに。こんな話を描くなんて、よしながふみは怖いなと思ったのを覚えています。
話がタイトルと関係なくなっていく・・・。『きのう何食べた?』は現代日本でゲイのカップルとして同居する40男二人の日々の食事の話です。本当に、食事の話。そこにマイノリティーであることの悩みや葛藤、喜びを織り交ぜつつも、基本食事の話。よしながさんは「食に関しては異常者」と自称するぐらい食への執着が強い人で、その様子は抱腹絶倒のコミックエッセイ『愛がなくても喰っていけます』に詳細に描かれています。『きのう何食べた?』はゲイカップルで年長(でもネコらしい)の筧が作る夕食のレシピがメインです。なんというか、「-文化賞」のような賞を受賞出来そうな雰囲気の健全さがある、クスッと笑える良い漫画だと思うのです。あんまり食に執着のない私ですが、筧のような腕があればと詮無いことを思ってしまいます。またよしながさんの絵が美味そうなんだわ。

で、ここからが本題です。2巻で日本のゲイカップルにとっては「同棲=結婚」のようなものという言葉があったのですが、結婚して何が変わったかって、BLのハッピーエンドに疑似家族化を無意識に求めてしまうようになったのですよ。既成の作品にはいくら求めてもラストは変えられないので、主に自分で妄想したり創作したりする話のラストです。その話を友人にしたら「あんた幸せなんじゃん?」と言われたのですが、そもそも結婚する前の私は他人と他人の永遠なんてものに何の信憑性もなかった。でも、とりあえず結婚して実感としてわかったのは、結婚というのは「約束」なんだなぁということ。紙一枚の「契約」であり「約束」。それだけ。だから私の脳内の男たちにも「約束」をして欲しいのよ。永遠のようなものを見せて欲しい。そして、ハッピーエンドの向こう側に『きのう何食べた?』のような穏やかで愛しい日々があるといいなと思うのです。もちろん、私や友達の日々にも。

どーでもいいのですが、常々私の旦那はゲイ好きする外見だと思っていたのですが(ガチムチ熊系髭付き)、2巻を読んで確信に変わりました(笑)。いつかお金に困ったらゲイ雑誌に投稿してみたいものです。

「前略」トジツキハジメ

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「私、暗くてエロいか明るくてエロなしかどちらかしかムリです」(『初恋の病』後書より)

私にとってトジツキ先生の魅力はその「文学性」にあります。
言葉の遣い方、台詞廻し、リズム感が素晴らしく、ふとした瞬間頭に浮かぶ言葉の出処を辿るとトジツキ先生の漫画の台詞だったりするのです。明るい話と暗い話をバランス良く描く人ですが、私は断然「暗くてエロい話」が好きです。頭の言葉はトジツキ先生自身の傾向について語ったものですが、これはそのまま私の好みの話に当てはまります。
トジツキ先生は元々文学的素地が厚く、叶うのなら「哲学者」になりたかったと何かのインタビューで読んだことがあります。小説と漫画を並行して書いていて、小説がデビュー手前までいったので漫画を頑張ったというちょっと変わった人です。実は私がBL作家で唯一サイン会に行った方です。
基本的に短編の人なので心に残る話はどれも短いです。でも本当にトジツキ先生は言葉を生かすのが上手で、短い台詞ひとつを使って、その雰囲気や人物の視線と絡めてあっという間に世界を完成させてしまう。本当に凄い才能だと思います。きっと小説を書いても面白いはず。

表題の『前略』は高校生から恋文を送り続けられる郵便局員の話。前略で始まり草々で綴じられる世界は、ちょっと不思議な感覚です。郵便局員が手紙を送られるという設定自体がよく考えるととても面白い。リアルとファンタジーの境が曖昧なふわっとした雰囲気がトジツキ先生の明るい話の特徴だと思います。もちろん明るめの話も好きなのですが、やはり私の好みは断然同時収録の『暗夜行』なんですよ。高校生×先生(ストーカー)の救いようのない暗い話。商業発表されている作品の中では一番エロいと思います。この話に廃屋でのシーンは不可欠で、高校生の行き場のないドン詰った暴力性と先生の不気味さと相俟って耽美で背徳的な世界が完成されていて本当に素晴らしい。
先生に何かを期待しているかのような高校生の路の先行きを「後書」で読んだ時は衝撃でした。「後書」を鵜呑みにしなくてもよいですし捉え方は人それぞれですが、私はトジツキ先生に関しては先生の意向をくみ取りたいと思ってしまうのです(基本的に作品は作家のものだと思っているので作家の解釈は重要なんですけどね)。後を着いてくるのを知っていて着いてきてと誘う話の原型は川端康成の作品から案を得たそうですが、私は内田百の「花火」を思い出しました。ひたひたと迫る先生は実際とても不気味だと思いますし。
他に好きな短編は『不連続世界』に収録されている「蜜密三月」がぱっと浮かびます。あと圧巻は『初恋の病』の書き下ろし「絶句」!読んでいるこちらが絶句ものの凄い話です。
今後も目が離せない作家様です。

作品を嫌いになるのに作家の人間性は関係ないのですが、好きになるのにはちょっと関係あります。サイン会に行くことを決めたのは冒頭の言葉でトジツキ先生に惚れたからなのでした(笑)

「先生と生徒の恋愛問題」(宮淑子)

タイトルだけ見ると先生×生徒のBLのようですが、違います。
新潮新書の今月の新刊から。今や新書はナンデモアリの世界と化していますが、ちょっと気になったので読んでみました。下の解説を読むとわかりますが、内容は限りなくゴシップ誌に近いものがあります(笑)

勉強や部活から将来の不安まで親身になって相談に乗ってくれた担任の先生。進路から家族のことまで心配してくれた優しい女教師…聖職者と思春期の生徒は、なぜ恋に落ち、どのように恋愛を発展させたのか?わいせつ行為で処分された先生や年齢差を乗り越えて結婚したケースなど、当事者たちの生々しい言葉からタブーの実相に迫る。

常々私は先生×生徒を苦手だなーと思っていまして(現実でも同じ)何だか生理的な嫌悪感があるのです。でもまぁ「嫌」だけではそこで止まってしまうので、ちょっと実際はどーなのよ!?的な好奇心から当事者たちの話を読んでみたいなと思いました。
が、なんというか・・・所詮男と女なんだよなと。
「聖職者」であるべきという押し付けが私の中にもあり、教師たるもの是が非でもその点を貫いて欲しいと考えているのですが、これは無理かもしれない・・・。だって可愛い女子生徒が真夜中に助けを求めて家に来るんだよ?大抵そういう子は家に問題があったりするわけで、精神的拠り所を親に求められない子どもの逃げ場は自然と教師になるんだよね(家に問題がなく教師が嫌いだった私には考えられないけど)。教職に情熱がある先生ほど恋愛関係に陥りやすいそうですが、他人である人と人が一番近づく関係が、やっぱり恋愛であることを考えると仕方がない気がしてきました。ならば!せめて身体の関係だけでも卒業まで待ってくれよと思うのですが、「プラトニック」」だったと当事者がどんだけ訴えても世間はそんなん聞く耳持たないよね。だって、生徒に手を出した先生=絶対悪なんだもの。
それでも私は「お付き合い」自体を頼むから卒業まで待ってくれよと言いたい。大人は子供を救うことが出来ると思うよ。でも、恋愛という関係には終わりがあるじゃないか・・・。そこは大人が分別を持って引っ張り上げてほしいよ、なんて都合のいいことを言っても今私が10歳も年が違わない子たちの悩みに真摯に答えて何らかの答えを与えられるかといえば絶対にムリで、逆にその悩みや葛藤に自分のテンションまで持って行かれる自信があるわな。
先生の行動の幅はどんどん限定されて、教育委員会や保護者やメディアからの締め付けばかり厳しくなる。この時代にまともに先生をやるって本当に大変なんですね。もう少し温かい目で見ようっと。

結局先生×生徒に対する「嫌」は変わらないなぁ(笑)自分から生徒に粉かける不良教師なんて論外だし、「先生、抱いてください」なんて生徒に迫られて本当に抱いちゃうやつも嫌だ。じゃあどうすればいいのかって、私は断然生徒×先生なんですよ!ビバ、年下攻め!「先生、抱かせろよ」で抱かれちゃうやつはいいのかい(笑)攻め受け逆転しただけで一体何がこうも違うのかと思いますが、生徒×先生は大好きなんですねー。不思議な腐女子心です。

藍川(古張)先生活動再開

「NK’Web」という公式ブログが1年ぶりに再開しました。
今月発売の『トラッシュカン』に寄せて先生自身の言葉で休載をしたことや、小説挿絵の降板のこと、そして現在の心境と今後に対する思いが真摯な文章で発表されています。

なんというか、私は本当に藍川先生が(まだ古張先生と呼べない)好きで好きでたまらなかったんだなーと改めて思いました。こんなに嬉しい気持ちになるなんて、予想以上です。
先生の気持ちや体調のことが一番だと思いつつもずっと待っていましたし、連載が中断された作品への未練を思うと複雑な気持ちでした。不安定で内省的な様子は相変わらずのようですが、それでも「本気でやりなおしたい」とご本人の口から発表したことはとても大きいと思います。
先生は繰り返し「絵が下手で」と仰るのですが、私には初期の頃から美しい絵にしか見えません。まあ、こういうことは一読者がどんなに伝えても意味がないことなのでしょうけど・・・。

戻ってきてくれたことに感謝と愛を込めて、「おかえりなさい」と伝えたいです。

「第七係」読了

ああ、「マークス」の合田と森がよみがえります・・・。
雄一郎はこの「七係」の雄っぷりからは「LJ」のバイオリンを嗜む姿などまったく想像出来ません(笑)
口は悪いし素行も悪いし、結構無茶苦茶な捜査だし・・・素敵じゃないか。
不安定一歩手前の、情熱に溢れるわけでも正義感を全面に押し出すわけでもないクールな印象を受けました。一番「警察小説」らしいのではないでしょうか。

「マークス」を読んだ時には七係の面々の個性が今一つ消化不良な感じがしたんですよね(ペコさんは別格)。でもこの「七係」で各々の性格やら私生活やら刑事としての矜持やらが垣間見えてとても良かった!それにしても森には突っ込みどころが満載でしたが。自己啓発CDって!―読んでて吹き出しましたよ。そして本当に「三枚目」なんですね。最後の合田の言葉にまた笑ってしまいました。深刻な場面だけど「頭に包帯巻いた三枚目」って!もっと他に言い方なかったの!?雄一郎!
何だかんだで合田の相方を務められるのは森なんだなぁと再確認し、かなり幸せな気持ちになりました。
私の中の森は神経質な紅顔の美青年風であることは内緒です(笑)

最終話の「凶弾」の舞台になった東池袋は学生の頃よく訪れました。友人があの辺りに下宿していたんです。池袋にどうしてこんな下町が?と思う様な不思議な一帯でした。小さな部屋の窓から銭湯の煙突と、反対側を見ればサンシャインの巨大な影と―。合田の感じた混沌は確かにあの辺りに存在するのかもしれません。


またいつか、合田に会える日がくるといいな。


「微炭酸恋愛」

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すごくいい!!

どうしよう、本当にとてもとても良かった。いつもはちょっと落ち着いてから感想を書くのですが・・・。なんてことはない地方の恋愛風景が日の出先生の手にかかるとすごく愛おしくて大切なキラキラした宝物のようなものになる。すごいなぁ。手にしたときは甘いタイトルにちょっと引き気味だったのですが(タイトルはこれこそ「ビューティフルマイスカイ」って感じ)日の出先生の、静寂と熱が同居しているような甘酸っぱい感じが本当に好きだなーと改めて思いました。
高校生のカップル(同級生)と、その兄と担任教師(元同級生)2組の恋愛模様です。地方の閉塞感が過不足なく描かれていて、その点でもとっても私の好みでした。気持が通じる前に身体を繋いでしまった高校生二人と、気持ちは何となく通じていても一歩が踏み出せずにいる大人二人。もうどっちも本当にキュンキュンしました!あ~、いい!!
私は日の出先生の優しい俺様タイプの攻めが大好きなんですよ。前作の「ビューティフルマイスカイ」もそうでしたが加えて「方言」ね!いい!!(こればっかですね)

この作品に出会えて幸せです。感謝感謝。


私の実家も東京まで電車で1時間とはいえ結構な田舎です。大きなショッピングモールもなくて、CDを買うのに電車に乗らないといけないような。もちろん地元では服はもちろん本も満足に買えませんでした。離れてみるとその閉塞感がたまに愛しく感じるんですよ。私にとっては何もない上にあまりよい思い出もない土地だけど、確かにあの場所で生きてきたんだなーって。いや、実家近いのですけどね(笑)愛しさと憎しみのようなものと・・・「地方の閉塞感」は私の琴線に触れるアイテムのようです。

「吸血鬼と愉快な仲間たち3」

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木原先生はBL作家の枠を飛び出しています。
「BL界異端の大御所」と勝手に思っているのですが、「箱檻」も「美しいこと」も萌やら何やらを凌駕していて好きなのに読み返すことができません。(「美しいこと」の上巻は繰り返し読みましたけど)

たぶん私は木原先生のBLがあまり好きではないのです。人間を残酷なまでに正直に書いてみせるから。狡さや醜さも包み隠さずに。それが私にはちょっと痛い。それでも新刊が出るたびに読んでしまうのは、その物語の上手さ、意外性に魅了されているからなんですよね。そして自由に書くことを許され望まれるだけの才能が溢れている。凄いことだと思います。
本当に、いつ文芸誌に作品を発表してもおかしくないぐらい。
木原作品には、前提としての「コミュニケーションの不在」があるように思います。言葉が通じないとか、片方がとんでもなく馬鹿とか、とにかく普通に会話をするのも難しいような意思の疎通の困難。そこから徐々にコミュニケートの道が開けてきて、結果的に恋愛に至るという・・・「箱檻」以前の作品は未読なので違うかもしれませんが。「箱檻」の喜多川を筆頭に、「秘密」「無罪世界」「薔薇色の人生」「Well」「美しいこと」そして「吸血鬼」のアルに至るまで、その傾向は確実にあると思います。そこが、私が木原作品にBLとしての萌を感じない大きな理由の一つではあるのですが同時に、木原作品を既存のBLの枠から飛びださせている魅力でもあると思います。人と人がこんな風に関わって、こんな風に愛に至ることができるのかという奇跡を見せてもらっている気持になるんですよ。いや、大袈裟ではなく。

さて、そんな木原作品の中でも『吸血鬼』は純粋に「楽しい!」と思う作品です。今回3巻が出てもなお、BLではないけれど(笑)いつまでも恋に発展しなくても、気がついたらもっと大きな愛が生まれていそうな吸血鬼アルと暁と周りの面々のちょっと平凡ではない愛しい日々。
中途半端に血を吸われたために中途半端な吸血鬼として存在するはめになってしまったアル(米国人)。自分の意志とは関係なく昼間は蝙蝠、夜は人間の姿になってしまい、しかも牙がないため肝心の「血」を手に入れるのも一苦労。人間を傷つけることなど出来ないアルは、一人孤独に屠殺場の牛の血を飲み飢えを凌ぎつつ無為な日々を送っていた。ところがある日、輸出肉に交じって冷凍され日本へ来てしまったのだ。紆余曲折を経て、無愛想で怒りっぽいが実は心優しいエンバーマーの暁のもとで居候をすることになったアル。吸血鬼である自分を気味悪がらずに接してくれる暁にその馬鹿っぷりを罵倒され殴られつつも、心休まる幸福な日々を送るアルはいつしか暁への想いがLOVEであることを自覚する。しかし暁はその気がないどころか生きている人間と付き合う気がないような男。その頑なまでの拒絶にちっともめげることなくアルは今日も暁に愛を伝える―。

簡単に説明するとこんな感じです。3巻では暁が実はアルのことをとても大事に想っているのがバシバシ伝わってきてホワッとしますが、アルの置かれている状況にアル自身が決して不安がないわけではなく、むしろ不安と絶望に押し潰れそうな中で前向きに生きている(死んでいるけど)のがよくわかって切なくなりました。「自分が中途半端な存在だから暁は自分を側に置いてくれる。暁の側にいるためには心配されるような存在でなくてはいけなくて、完全な吸血鬼になった自分を暁は側には置かないだろう」バカな子だと思っていたアルがこんなことを考えていたなんて・・・。二人の関係はいつか恋人のようなことになるのでしょうか。っていうかエッチとかまでいくのでしょうか・・・。だって3巻でも軽いキスだけですし、暁が受けだろうけどちょっと想像出来ないぞー(笑)まぁ、頑なな子供のような殻を暁が破ってからが勝負なのかもですね。
ラブになってもならなくても純粋に楽しくて好きな作品です!どうかずっとコメディーっぽく明るい雰囲気のままでお願いします、木原先生。

「BeautifulSunset」

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小玉ユキのセカンド短編集
やっぱりとても好きだなーと思ったのであげてみました。「flowers」はいいです。小玉ユキも、何といっても西炯子も載っている。店を閉めた後、暗い店内で立ち読みをして帰るのが恒例です(笑)
表題作は中学生と先生の恋。悪い大人と、大人が思うよりも子どもではない中学生の恋愛ともいえない関係。まあ、生徒に手を出す先生というのが生理的に嫌いなので(私は教師は聖職者であるべき、という古くて固い考えです。それが無理なら教師は塾の講師のように学力指導主義になるべきだと思う)表題作はそんなに好きではなかったのですが、他の短編がもう本当にいい!

浮気を続けるカップルの日常の裂け目に突如落とされた果実―「柘榴」
痴呆症の老人を拾った夫婦とおじじの日々―「さくらんぼうの宴」
うめられない距離をうめるもの、それは―「満員電車のススメ」
あの日の約束、セックスを果たすためにやってきた元彼―「ゆびきり」

後書を読んで小玉さんが今漫画を描いていることは奇跡的な偶然であることを知りました。
少女漫画もいいものです!

「是-ze-」

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早いもので7巻です!
志水先生は『レシピ』でファンになりました。忘れもしない、ビブロス倒産のニュースが書店に流れた日。私は仕事で心が弱っていたせいもあり、閉店後にFAXを握りしめて一人で本気泣きをしてしまったんですね(笑)その後あっという間に再建しましたが、今でも『レシピ』のように絶版になった本は多数あります。早く復刊して欲しいですが(もちろん書き下ろし付きで)どうなんでしょうか。ちなみに私が初めて読んだ商業BLは定広美香の『灰とダイヤモンド』でしたが、これもビブロスなんですねー。偉大なるビブロス。

言霊様―三刀家の血を引く者の中に現れる、言葉の力で他人を従わせたり、攻撃したりできる能力を持つ人間。言霊を使うことで、言霊様自身に帰ってくるダメージを、身代りにうけるのが、生ける人形「紙様」だ。紙様は本来、生涯一人の言霊様に仕える。そんな紙様を作り、メンテナンスをすることができるのは、人形師の和記ただひとり―。それぞれの対にある運命の物語!

ファンタジーも登場人物が多い話も苦手なのに、『是』は大好きなんです。複数カップルの連作ものですが、どれもこれも本当に萌えツボを突いていて憎いったらありません。志水先生は徹底したエンターテイナーといいますか、どのカップルの話もキュンキュンに楽しませてくれて素晴らしいです。
そして7巻ではついに、近衛(紙様)×琴葉(言霊様)がメインに!
何を隠そう「世話焼き苦労性兄貴」に弱く(私生活面含む)、近衛ははっきり言ってタイプです。好きです。付き合いたいです。大真面目に宣言することじゃーちっともないですけど(笑)もうね、無駄に愛情溢れた損な役回りのお兄ちゃんというのが超ツボ。

琴葉が幼いので軽くショタ風味ですが、すっごく可愛い。ものすっごく可愛い!!
これまでほとんど獣のような扱いで「是」に華を添えていた琴葉ですが、その可愛さは尋常じゃありません。大きな瞳に涙を浮かべて「この~」なんて言われた日には、お姉さん犯罪者になってしまいますよ(笑)

ヒリヒリした恋愛関係ではなくて、二人の関係は一言「愛」に尽きると思うのですよ。
琴葉のためを思って琴葉を抱こうとはしない近衛が切ないです。琴葉は何度も何度も「好き」と伝えるのですが、その言葉が「スキ」「すき」「好き」と変化するんですよ。それは、琴葉の言葉にちゃんと意味があるというのを近衛が痛いぐらいわかっているということなんですよね。「本当はお前が望むなら体くらい与えてやれる」でも近衛はそうはしないんですよ。それが正しいことではないと思っているから。
琴葉の世界に近衛しか存在しないのは、琴葉が強大な力を持っているために幽閉されているからなのですが、親代わりの近衛は琴葉の世界に光が射すことを純粋に望んでいるんですよね。でも、外の世界はイコールで琴葉の言霊師としての力が求められる世界。痛みとは無縁ではいられない。今も近衛は一人葛藤を抱えているのでしょうか。7巻は物語の核心一歩手前でした。次巻ではついに近衛が琴葉に堕ちるそうです。すっごく楽しみ。我慢できずに「Dear+」で追いかけてしまいそう。

基本的に現在は対として成立している人たちの出会いからを描くので、二人が一緒にいることはわかっているんです。でも、その過去の運命的な恋や熱がすっごく素敵で夢中になってしまうのですね。どのカップルも外れなし!って感じですが掲載誌自体がアダルトに転換した頃の玄間×氷見(3巻)はダントツで人気のようですね。私も実は3巻の表紙を見て読み始めたクチなのでよーくわかります。獣に喰われるお姫様のような表紙が壮絶に色っぽくて一目ぼれでした。マイベストは何だろう・・・やっぱり玄間×氷見かしら。来月の「Dear+」はドラマCDが付録らしいです。うわー、買ってしまいそうだ。

合田再び

今日は高村薫『警視庁捜査一課第三強行犯捜査第七係』(長い!)が掲載されていた「小説現代 1993/4・6・8・10・12月号」をコピーしに図書館まで行ってきました。最初は国会図書館まで足を運ぶつもりだったのですが(一度行ってみたかったのです)、調べてみたら近隣の行ったことある図書館に保管されていることが判明したので、迷わず近いほうを選びました。ただ古いだけの図書館だと思っていたら、我が県屈指の資料館でもあることを知りました。小説を読む、借りるだけが図書館ではないのですね・・・司書資格を持っている人間の発言とは思えないな(笑)
ちなみに私は今でも心の片隅に図書館司書への憧れがあり、レファレンスに若いお姉さんが座っていようものなら羨ましくて仕方がなくなります。実際は絶対に本屋の方が性に合っていると思いますけどね。
そんなこんなでせっせと自分でコピること76枚!係りの人がやるもんだとばかり思っていたので正直驚きました。素人が扱ってよろしいのですか。「小説現代」は、おそらく何人もの先人がいらっしゃるのでしょう。高村薫のページだけが異様に開きやすくなっていて感慨深かったです。
ちゃんとページの抜けがないかもチェックして無事に終了。760円で済めば安いものです。

読むのが楽しみだわ!

「まつろはぬもの」木根ヲサム

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好きなんです、この漫画。先月休刊したヤングサンデーで連載していた和風ファンタジー(軽くホラーより)。打ち切りかと心配したのですが、媒体を携帯サイトに替えて連載中でございます。
『夜市』の恒川光太郎さんの「風の古道」という中編を下地に、人と死霊とその狭間に生きるものの闘いを情感たっぷりの美しい絵柄で魅せてくれます。お話は正直に言うと、そんなに新しいとか面白いとかではないのですが、なんだかよくわからない魅力があるのです。そして、えーっと、こんなこと考えてる読者はあんまりいないと思うのですが(青年漫画だし、たぶんマイナーだし)私は蘇芳×レンを勝手に推奨しているのですよ。と言っても読んでいる人自体が周りにいないし、もしいても腐った話を出来るとは限らないのですが・・・。レンというのは主人公で表紙手前の少年です。人でも死者でもなく「古道」と呼ばれるこの世とあの世の間の世界を彷徨いながら母の仇である男を探しているのです。で、蘇芳というのは後ろの青年で、経緯は明かされていないのですが犬神で、レンと一緒に放浪していると。この二人が匂わせて素敵なんです。蘇芳は黒いというか裏があるような伏線満載で、「レン兄」と慕って大切にしているのに何を考えているのかわからない。レンは邪険に扱いつつも信頼を寄せている。そんな関係が妙に色っぽくてついつい妄想してしまいます。同士の人いないかな・・・。
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