「憂鬱な朝 1」

yuutuna.jpg
父の死後、十歳にして子爵家当主の座を継いだ久世暁人。教育係を務めるのは、怜悧な美貌の家令・桂木智之だ。けれど、社交界でも一目置かれる有能な桂木は暁人になぜか冷たい。もしや僕は、憎まれているのかー!?桂木に惹かれる暁人は、拒絶の理由が知りたくて・・・!?若き子爵と家令の恋を紡ぐ、クラシカルロマン。

面白い。
続きものなので今後どう転がるかわからないですが、大変な傑作になるのではないでしょうか。

この緊張感と重さは何事だろう。正直私は日高先生にここまで物語を作る、世界を構築する力があるとは思っていませんでした。ごめんなさい。日高作品は短編でも長編でもどこか「熱量の不足」のようなものを感じて、それが転じて作品の魅力でもあるのですが、長中短編いずれも私にとって「カチッ」とくる感じではなかったのですね。しかし『憂鬱な朝①』を読み、もしかしたら日高先生は巻数物向きの方なのかもしれない・・・と考えを新たにしました(大袈裟な)。
感情の機微を「言葉」ではなくて「絵(表情)」に託す作家さんだと思うのですよ。だから短編だと心の変化に割くコマが物量的に限られてしまって人物の変化が性急に感じてしまう。それは『嵐のあと』にも感じたことだったのです。一方通行の葛藤部分に比べて弱いかなと。しかし、この『憂鬱な朝』は一方通行も一方通行で・・・潔い程です。切ない恋情を募らせる暁人に対して、1巻通して桂木の想いは片鱗も見せない。感情の揺れ動きがあっても、それは決して「恋情」からくるものではない。いっそ「憎悪」からくるものだと云い切った方がしっくりくるぐらいだ。息が詰まる様なやり取り。押し潰されるような周囲からの重圧。桂木を突き動かすのは矜持などではなくて、抗うことのできない使命と、諦め切れない自分が生きていることへの意義なんだと思う。桂木の気持ちを「諦めた」暁人は取引(命令)と称して桂木を組み敷くのだけど、「どうでもいい」という表情をして暁人に抱かれた桂木が、翌晩には逆に暁人に「もういい」と思わせることをする。このすれ違いというか、噛み合わなさというか、なのに切迫した情がおそらくはお互いにあるのだと思わせる展開はすごいですよ。何度も読み返して二人の表情をまじまじと見つめてしまいましたもの。そして翌朝の空を見上げて桂木が呟く台詞が―「もっと優しく接すれば良かったのかな」。桂木のストイックな表情が暁人と対峙するときだけ崩れるのです。その美しさたるや本当に壮絶。
どうにもならないものが二人の間には横たわっていて、そのどうにもならないものが「家」であったり「身分」であったりするわけですよ。ああ、時代物って面白いですね。普段私は「感情」以外の縛りがある関係性の物語が苦手なので手を出さないのですが、時代物が読みたくなりました。
続きものに対して言うことではないけど、設定を活かした物語として「完璧」だと思います。一方通行ではなくなる日が果たしてくるのだろうか・・・それはいつ?(現実でもいつ?2巻は1年後って・・・)

厳密に何年設定かはわからないのですが、冒頭の西洋菓子店が「千疋屋」だとすると明治27年創業だから・・・うーん、時代物に明るくない私は文明開化から30年後の日本の様相がまったく想像出来ない。華族令や身分制度についても想像出来ないが、とてもしっかりした時代考察を踏まえているように感じました(根拠はないけど)。というのも、日高先生ってとても真面目な人だと思うのですよ。それこそ根拠がないですが(笑)そして何回云っても云い足りぬことですが、男達が美しすぎる。すべての表情が溜息が出るぐらい美しいです。礼服や詰襟の美しさもだし、兎にも角にも読めて良かった。
これは確実に掲載誌で追いかけてしまいます。ああ、楽しみだ。

「キモチの行方」

kimotino.jpg
啓治の身体のいくつかのボディピアスは秘密の契約の印。彼は、双子の総と洋に飼われているのだった。でも、初めての友人深山の出現で、その秘密の関係のバランスが崩れはじめて・・・。

ずっと感想を描きたかった作品です。久々に書いたせいもあり長い、長い。
明治さんの漫画を語る上でやはりエロは欠くことの出来ない重要な要素だと思いますので、いつにも増してアレな感じです。でも私明治カナ子に関しては本当に真剣に語る事が出来る!
残念ながら周囲には共感してくれる人がいないのだけど・・・。

続きを読む

「麗人Bravo!春号」

reijin.jpg

明治カナ子先生目当てに「麗人Bravo!春号」を買いました。毎月どこかしらの雑誌で見かける明治作品ですが、最近は買ってまで追いかけておらず、『三村家の息子』以降は同人誌を通販で購入するなどして飢えを満たしていました。が、最近また、とにかく明治先生の新作が読みたい~!となっていたところに読み切り掲載。そりゃあ買いますとも。しかも6月に単行本発売の情報が!おそらく5年前に「麗人」本誌で短期連載した作品(「夜の女王」)も含まれると思います。スクラップして保存するぐらい好きな話だったのでとても嬉しい!好きな作家さんは多くいますが、やっぱり私にとって明治カナ子は特別好きな作家です。登場人物が好きなわけではないんだよな。とにかく物語に流れている空気が好き。薄暗くて内省的な表面をしているのに、実はとても明るいものが底辺に流れている世界観。明治先生の漫画は何にも類似していなくって独特だ。ゲイ前提の話が多い点も特徴かもしれない。
今回の読み切り「地獄行きバス」も、ゲイカップルの別れ話とみせかけたラブラブな話でした。バッドエンドは半端じゃない終わらせ方をする明治先生だけど、こういう明るい話は安心して読めていいですね。起承転結はありそうでわかりやすい話なのに、何でか明治作品になると独特で個性的に感じる。好きだわー。
「夜の女王」の最終回掲載号が発売されたとき、私は人生初の一人旅中だったのです。四国の田舎をブラブラしていたのですが、どーしても最終回が読みたくて本屋を探し回った記憶が(笑)で、見つけて立ち読みしたところ終わり方が素晴らしくって感動し、止せばいいのにその場で購入してしまったんだよね・・・。電車内で読めるわけでもないのに。旅に出てホモ雑誌買って帰るという愚行。懐かしいなー。
「麗人」は全体的に水準が高いと思いますが、他に面白かったのは国枝彩香先生と井上佐藤先生ですね。国枝作品はあまりに救いがなく痛すぎて苦手なのですが、今回の話を読んでまた手を出したくなってしまいました。女性が出てくるBLは最近増えていますが、こんな風に登場するとは・・・衝撃でした。井上先生は「オオカミ」の子供たちが大人になって、という話。みんな大きくなってるよ!そして謎がついに解明しました。井上佐藤先生はやはり女性のようです。スッキリー。

明日から仕事がえらい忙しくなります。久々の開店応援。朝から晩までひたすら本を棚に入れていくと。開店まで恐ろしいほど時間がないので終電覚悟ですよ。そんな時期に限って楽しみにしていた新刊の発売日が重なるんだよなー。

「NON Tea Room」(SHOOWA)

先日久しぶりにホモを求めて街に出ました。
ついでに春めいた服も求めてみました。が、ファッションビルのワンフロアほぼ全部閉店セール中って。いや、うちの本屋が入っているテナントも閉店する店が増えているのは実感としてあったけど、これは酷い。不況なんですね。そうだよ、不況なんですよ。先日上司から「今年は自動昇給一時停止」の通達がありましたっけ。はは、何を励みに働けと。夏のボーナスも危ういんだろうな。
koujitusei.jpgnon tea
先日読んだ『向日性のとびら』が良かったので、他の作品も読んでみようと思ったSHOOWA先生です。この人の漫画って一読しただけではその魅力も話も私にはよくわからないです。何回か読み返してやっと腑に落ちてじわじわ心に響いてくるといいますか。ところで『向日性』の帯に「禁断の誘い受け年の差ラブ!!」とあるんですよ。結果としては出会えて良かった作家さんですが、これだけ的を射てない帯も珍しいよなーと。まあ正直に「禁断の近未来サスペンス!!」と煽られても手が出たかは微妙ですが(笑)
美麗な白い絵に独特のコマ割、無国籍風の人物は外国映画のような雰囲気です。外的な説明に比べて人物達の内面の描写は最低限、しかもやたら無口。それでも「何かある」と感じてしまうのは、静止画で切り取る表情の微妙な動きと目の力のせいなんですよね。絵に惚れると思ったのは日高先生以来かも。

「NON Tea Room」はバンドマン二人の恋愛話です。
誰かの代わりでも構わないという想いから始まった二人の付き合いだったが、レンジまでも、元恋人が亡くした相手の代わりだったと知って激しく動揺するケンジ。自分の痛みよりも他人の受けたそれによって痛みを自覚するケンジ。「身代わりでもいい」と本気で思っていた自分の愚かさに初めて気が付く。「恋愛ごっこ」ではない「恋愛」の本質に気が付いた人の話だと思って読みました。
「代替物」という点で古街先生の『オルタナ』が思い浮かびましたが、「恋人」という名前(概念)が一つならば、人はみんな誰かの(想定された理想の)代替物なのでは・・・と冷めた感想を持ってしまった『オルタナ』よりも、人の感情が熱を持っている気がして好きでした。それにしてもケンジの繊細さがオマケ漫画にあるように心配です(笑)こんな涙もろいくせに無口な男は(私はケンジが根暗なイケメンとしか思えなかった・・・)受けでもいいと思います。うん、この二人はリバありですね。あと、個人的にSHOOWA先生のエロシーンがとても好きです。身体の線がとてつもなく色っぽい。日高先生は細部や挿入を描きませんが、身体全体をきちんと表現していて、扇情的なんだけどとにかく綺麗。オマケのように濃いものも読んでみたくなります。もう一編のアンドロイド話は前作『Nobody Knows』の続編だそうで、これも読まなくては!実はこのアンドロイド物が一番好きな予感がしています。「誰かの代わり」という主題がより切実に心に響いたので。
「向日性のとびら」という言葉の響きに惹かれて手に取った(「禁断の誘い受け年の差ラブ」だけが決め手じゃないですよ~)SHOOWA先生ですが、ストーリー自体を手放しで「面白い」というのには、私にはまだ何か不足です。説明不足に感じる部分が多いし、かといって読み手の想像に任せるとまでは信頼されていない感じがするし。ああ、でもこの先もきっと手に取ってしまうんだろうな。「何かある」と感じさせるのは「何かある」証拠でしょう。

それにしても良い言葉だな、「向日性」。
ものすごい余談ですが、「向日性」という言葉をタイトルに使った書籍はこの『向日性のとびら』と、『わが小林秀雄ノート 向日性の時代』という本だけなんですよ!ちょっとスゴイですよね(そんなことない?)

「マイ・プライベート・アイダホ」

adaho.jpg
最近脳内でナルコレプシーが萌えアイテムとして再燃しました。不謹慎は承知ですが、障害やトラウマにドラマ性はやはり感じてしまいます。ナルコレプシーは通称「過眠症」と呼ばれている睡眠障害ですが、睡眠障害関係の本を読んでも驚くぐらい「過眠症」についての記述は少ない。対になる(?)「不眠症」に比べてその存在自体がまだ曖昧模糊としている印象を受けます。「セックスレス」に対する「セックスフル(異常性欲)」や、「過食」と「拒食」は両方とも市民権を得ている感があるのに・・・。
そんなわけで、ナルコレプシーの症状についてよく知りたいと思っても、今のところ有効なツールが私の手元にありません。(ネット情報だけではなくて本で読みたい!)というわけで、私がナルコレプシーと萌を切っても切り離せない関係に感じるのは100%この映画のせいという、「マイ・プライベート・アイダホ」を再鑑賞してみました。数年ぶり、2度目の鑑賞です。

リヴァーが男娼の役でしかもキアヌに惚れている話、とあれば食い入るように観ないわけがないのですが、所々忘れていました。二人の関係に何ら救済がないことや、リヴァーのナルコ症状自体も特に前進するわけでもないことは覚えていたのですが。リヴァーの内包する悲しみや、キアヌの幼い反抗がとても青々しく感じました。えーっと、単刀直入に云ってしまうと、二人が美しすぎるゆえに、その問題の本質から目をそらされてしまうというか。トラウマや男娼であることの悲壮感そのものが味付けでしかないというか・・・。いや、そういったものを期待して観ていたから別に構わないのですが、お兄さんが出てくる場面で物語が引きしまった感じがしたので、その後のロードムービー場面が白々しく感じてしまったのよね。焚火の告白シーンはやっぱり素敵でしたが。後は、考えないようにと思ってもリヴァーの死を知っていると、刹那的な生き方をしつつも愛されたいと願っている彼の姿が現実と勝手に重なってしまって余計に映画に入り込めなかった。陳腐な言い方ですが、悲しいぐらい美しいんだもん。肝心のナルコ症状については「強いストレスを感じたときに症状が出る」という説明どおりに映画内で使われていて、もっと病気について踏み込んでくれても良かったのにと思いました。腐的には、愛の告白場面はもちろん、冒頭のリヴァーのイキ顔、キアヌとの全裸でのイチャイチャ、静止画像での3Pなど美味しい場面もあるにはありますが、ちょっと不完全燃焼な感が残る二度目の鑑賞でした。
わかっています。私のように話を脳内で勝手に組み立てて補完してしまう人間は、好きな映画を何度も観るのには向いていないんです。私は映画の余韻や間に小説のような空白を求められないのです。目の前に映像があるとそれがすべてになってしまって、納得のいく理由が欲しくなってしまう。でも与えられないから自分で勝手に考えて納得して、後日見直して「違う」となって勝手に混乱すると(笑)

トラウマを書いて上手な作家様といえば一にも二にも榎田さんが思い浮かびます。魚住君シリーズが今年復刊されるそうで、オークションで入手したのにちょっと悲しいじゃないか・・・。書き下ろしがあれば間違いなく買ってしまいそうです。潔癖症を題材ににした『執事の特権』も大好きだし、トラウマものは登場人物と書き手の距離感、信憑性(虚構が混ざってもいいけど説得力が大事)のある話がいいですね。
本当、「不謹慎だけど萌えてしまいます」(By三浦しをん『ビロウな話で恐縮です日記』)

あっ、映画の評価自体はとても高いです。私が期待したものが得られなかっただけなので観ても損はないと思いますよー。

「秋期限定栗きんとん事件 上・下」(米澤穂信)

gentei1.jpggentei2.jpggentei3.jpggentei4.jpg

好きだ、大好きだ
「小鳩くんに彼女ができました」という帯に「えぇっ!?」と反応してしまったのは、限定ファン共通の反応だと思います。季節限定シリーズ(本当は「小市民シリーズ」という)待望の、待望の新刊が出ました!!
小鳩くんの性格は更に黒く、小佐内さんは更に怖くなっています。「小市民」を目指すはずの二人はいつも通りに嬉々として謎を解き、嬉々として復讐に走る。これは一種のノワール小説であるとすら思う。美味しそうなお菓子は小佐内さんが語ったように、作品に潜む毒を誤魔化す要素もあるに違いない。だって、小佐内さんの復讐と動機は今回も半端ナイですよ・・・。
夏の事件の後に「互恵関係」を解消した二人は各々の道を歩き出したかに見えた。そう、あの小市民の星を目指して―。恋愛関係でも依存関係でもないが互恵関係にあった二人。慎ましやかに目立たず出しゃばらず清らかな小市民を目指すべく結ばれた二人だけの協定。小鳩君は「狐」。人の隠し事や謎を推理して得意満面に披露しなければ気が済まない性分の持ち主。それ故に小中とずいぶん人を傷つけ、また自分も傷ついてきた。名探偵が謎を解き明かしたその後を想像してごらん?犯人はお前だ、めでたしめでたしで終わるわけではない。学校内で起こるささやかな事件ならなおのこと。小佐内さんは「狼」。自分に危害を加えるものに数倍返しをしないと気が済まない性分。「復讐」を企てるのが何よりも楽しいという女の子。二人はお互いの困った癖を封じるべく、お互いに見張り、牽制し、助け合うという関係を結んでいた。
そんな二人が巻き込まれる短編形式の日常ミステリーです(秋期は長編ですが)。
とにかく私はこの二人の関係が大好きなんです。男の子と女の子が一緒に居て恋愛要素が絡まない、でも紛れもない一種の青春小説。お互いの理解者はお互いだけ。逸脱する自分を良しとせず平凡を目指す二人は自意識過剰で自信過剰な嫌な奴らなんです。だって小市民を目指すと言いつつも、小市民になんてなれっこないと知っている。目立ちたくない、目立ちたい。自分を特別だと思いたい、思いたくない。それって思春期特有の懊悩そのものじゃないですか。頭が良くて賢いのに、どうにもその才能と上手く折り合いの付けられない葛藤が愛しいです。

と、ある本を読むまでは単純に「この二人好きだなー」という感想だけだったのですが、またまた『あのひととここだけのおしゃべり』(よしながふみ)に私の萌にポーンと回答を与えてくれる記述を見つけてしまいました。

はい、またしても三浦しをんとの対談です。私の思考回路は非常に狭い世界をグルグルしているだけのような気がしてきました(笑)テーマはズバリ「やおいの定義」。簡単に言うと、「やおいとは男×男だけではなく、女×女、男×女にも同様にいえる」という主張(思考)です。例に挙げられているテレビドラマを見て「あぁっ!」と肯かずにはいられませんでした。例えば『きらきらひかる』の鈴木京香と松雪泰子。対立する構造の二人でありながら、時に事件解決の為に力を貸しあうという関係。また、男女でいうのならば『ケイゾク』の中谷美紀と渡辺篤郎、『トリック』の仲間由紀恵と阿部寛。恋愛関係にはない、むしろ恋愛からは遠い関係の男女が、ずっと平行線をたどりながら、たまに交わることもあるという関係。私、これらのドラマ大好きでした。特に『トリック』と『ケイゾク』の二人の関係がやたら好きだった。そうか、あれは男女の「やおい」だったのか。そう考えると腑に落ちるし、目から鱗です。あは、影響されすぎ?(笑)最近はめっきりドラマを見ていないので、他に思い浮かぶ男女は・・・『QED』という推理漫画の高校生二人の関係は近いものを感じます。後は、両想いになる前の、のだめと千秋とか。
ここでいう「やおい」とは「BL」とはまったくの別物で、高村薫の「合田×加納」を『マークス』や『照柿』の時点で妄想すること、といえばわかりやすいかしら。『LJ』は最終的に想いが交わってしまうのだからちょっと違う気がする。要するに二次萌えを「やおい」と称していると考えればいいのでしょう。
ところで、よしながさんが日常的に使う「やおい」という言葉ですが、私は「やおい」という言葉を日常的に使うことがないのだけど、それは世代間格差?それとも二次に関わっていないから?「やおい」が「ヤマナシ オチナシ イミナシ」とか「ヤバイ オゾマシイ イヤラシイ」とかの略だとは昔から知っているけれど、「やおい」という言葉にはかなり強い侮蔑と自虐を感じて使うのを躊躇してしまうのよね(腐女子だって同じか)。私や友人は「A × B」と掛算で表現しますね。「あの二人はやおいだ」とは言わない。BLを一躍表舞台に押し上げた『となりのやおいちゃん』でさえ、「やおい」という言葉そのものを私より若い世代に定着させるには至っていない気がするのだけど・・・勘違いなのかなー。
「やおい」という言葉について考えるのは今度にして、話を戻そう。

三浦しをんが言う、やおいの関係とは、「孤独と連帯」だという主張に激しく同意します。
「孤独と連帯」とは上手いことを言うと感心してしまう。本来交わらないはずの二人が何らかの接点で関わりを持ち、そこに生じるはずがない感情に支配されていく。その繋がり自体を連帯とも取れるわけだ。それは二次やBLの醍醐味だもんな。男と男の恋愛がイレギュラーなものだからこそ、そこに私は強い孤独と、繋がった二人の連帯を感じて悶えるわけだ。
そう、「孤独と連帯」という観点からすれば「限定シリーズ」の小鳩くんと小佐内さんの関係は本当にまさしく「やおい」なのだ。他者に理解されない隠したい性質を抱えて互恵関係を結んだ二人。互恵関係と恋愛未満関係をたまに行き来するような絶妙な書き方。この部分に私が非常な萌えを感じたのは当然といえば当然なのですね。
夏から秋を経て二人の関係は少し変わった。残る高校生活は数か月。大好きな二人の話が終わってしまうのは悲しいけれど、「冬期限定~事件」を心待ちにしたいと思います。頼むから3年も待たせないでおくれ・・・。あっ、読むのならもちろん『春期限定いちごタルト事件』からですよ!

「Vassalord」(黒乃奈々絵)

07218123.jpg
つい、つい、初回限定版特別付録ミニドラマCD付を自分の店で予約までしてゲットしてしまいました。私が一番「オタク」を感じるメディアってアニメでも同人でもなく音声CDなんですよね・・・。ドラマCDにはBLであまり良い印象がないのですが、これは大変満足でした。というのも、二人とも声がイメージ通りなんだもの!!特に私を40代ビッチ親父受けに目覚めさせたレイフロ役の藤原啓治さんが素晴らしく、他の出演作まですぐに調べてしまう始末(笑)うわー、「くれよんしんちゃん」のお父さんだって、「のだめ」のハリセン先生に、「西洋骨董洋菓子店」の橘も!あっ、「ハチクロ」の修ちゃんもですって!うん、わかる&似合うと思うな。
まあ、そうは言っても好きな漫画のドラマCDだったから興奮しているだけで、きっと声優にハマることはないさ・・・あったら家計がピンチだからな。

年1刊行の「ヴァッサロード」も3巻目です。私がこの漫画を手に取ったきっかけは、忘れもしない2巻の帯の言葉だった。たった一言、「裏切られてもかまわない」。黒い表紙に絵柄は帯の下なので一切見えない状態なのに、ツボを突かれてしまったのよね。だって、とても盲目的な愛を捧げているということでしょう。そういうの弱いです。BLではありませんが、ハッキリと腐女子向けです。マッグ系のファンタジー漫画は苦手というか、読んでも内容が頭に入ってこないので好きではなかったのですが、「ヴァッサロード」には見事にやられました。始祖ヴァンパイアのレイフロと隷属ヴァンパイアのチェリーが「不死の薬」をめぐる事件に巻き込まれる―というのが大筋です。その合間に愛憎混じりの二人のイチャイチャが織混ざっているわけです。イチャイチャといっても血を吸う、吸われるの関係のみですが、もちろん狙って描いているのですっごいエロチック。チェリーはレイフロを殺そうとしている(この部分、1巻と設定が変わっているような・・・)けど、同時に愛している。そしてレイフロはチェリーを無条件に愛していると。レイフロはゲイ設定なので何度もチェリーに誘いをかけますが、吸血鬼なのに神を愛するチェリーはいつもレイフロを邪険に扱うと。そんな感じの話です。マッグガーデンやスクエニ系の漫画が苦手な人にも読んでみて欲しいです。そして40男の色気に惑って欲しい!
とってもゆっくりな連載ペースなので、気長に待ちたいと思います。

DVD.jpg
吸血鬼に特に思い入れがないのですが、一番に思い浮かぶのは『インタビュー・ウィズ・バンパイア』です。トム・クルーズとブラッド・ピットが主演した94年の映画。当時私は小学生でしたが、映画雑誌を定期購読するぐらい映画が好き(だと思っていた。実際は映画のあらすじを読んで内容を妄想するのが好きなだけだった)な子供でして、この映画、母に頼んで一緒に観に行きました。いやー、親と観る映画ではなかったです。あの頃はまだ腐に目覚めていなかったのですが、とにかく「耽美的」な雰囲気はイヤという程伝わりました。男が男の首筋に咬み付いて血を吸うのが耽美でなければなんだと?自分を吸血鬼という化け物に堕としたトムをピットは憎むわけですが、唯一の理解者であるトムを失うのも恐怖でという、当時のアメリカではスラッシュ立ちまくりだったのではと思わされる耽美色の濃い話でした。原作はアン・ルイスですからね。ちなみに原作の『夜明けのバンパイア』は父に買ってもらって読みました。内容は記憶にありませんが、好きだったんだな、自分。余談ですが薄幸の少女吸血鬼を演じたキルステン・ダンストは後年『スパイダーマン』の不美人なヒロインとして一躍有名になりました。名前だけをずっと憶えていたので妙に嬉しかったです。

「娚の一生」

otokono.jpg
ふふふ、とても楽しみにしていたコミックが出ました。

東京の大手電機会社に勤める堂園つぐみは、長期休暇を田舎の祖母の家で過ごしていた。そんなある日、入院中の祖母が亡くなってしまう。つぐみは、そのまま祖母の家でしばらく暮らすことに決めるが、離れの鍵を持っているという謎の男が現れて・・・!?晴耕雨読的女一匹人生物語、第1巻!

女一匹人生物語。そうなんだよな、私は女の人が一人で生きている話が好きなんだよ。高野文子の『るきさん』、ナナナンの『ハルちん』などさ。恋愛しても結婚してもそれは変わらないんだよね。どう生きていても『るきさん』側の人生の方が想像しやすいのは一体なぜかしら。
西炯子のフラワーズ漫画は、実は結構「恋愛」を描いているんだよね。つぐみと海江田の関係だって、周りの茶々や葛藤(主につぐみの)が入るけど、最初からハッピーエンドになるのは見えている。それでも私が西さんの漫画が好きなのは、登場人物達の立ち位置が「ひとり」の所から始まるせいだと思うんだ。いや、雰囲気だけで言ってるので自分でも意味不明ですが・・・思考回路がみんな個々に存在しているというか、その二人をくっつける為に用意された思考回路ではなくて、ご都合的に用意された台詞でもなくて―あぁ、それは単純に西先生が上手いという結論に至るのか。恋愛によって人の内面て実はあんまり変わらないと思うんだよ。いや、多少は変わるかもしれないけど、でも根っこにあるものって簡単には揺らがないっていうか、揺らげないと思うんだよね。変わるのは、外側(対人)に向ける自分だと思うんだ。それだって内面の変化は多少必要だと思うんだけど、何ていうのかしら・・・恋や愛によって何もかもが薔薇色!なんて話に現実味はないわけで、個々の距離が少しずつ寄り添っていく様が「本当」っぽいなーと私は思うわけです。(BLは別腹)
実際私は海江田(51歳)のようなインテリ系の辛辣なことを平気で言う男は嫌いなのですが、「ほれ、他人」と額を見せてつぐみを抱き寄せる場面にはクラッときました。そもそも一回り以上年長の男が言うキツイ言葉ってどうなんだろう。案外流していた気もするな(元上司がそうでした)。
つぐみは海江田の手を取るのでしょう。スローライフなスローラブ、続きが楽しみです。

「天使のうた」

tensi1.jpgtensi2.jpg
はい、宣言します。
私は西田東作品を遅ればせながらコンプリートすることをここに誓います。
今まで短編だけを読んで知った気になっていました、ごめんなさい。長編、面白すぎるよ。
この人の魅力って本当に不思議ですよね。絵は見れば見るほど味があるというか、作画に疎い私でさえ「!?」と思う、すっごい描き方しているコマが多々あって驚いてしまいます。でもこのストーリーを流麗な絵柄に乗せても、たぶん魅力は半減どころかなくなってしまうと思うんだよね。西田先生の男達ってとてもカッコイイと思うの。夢を見せてくれるような美しさはないけど、生きてきた人生の重さや臭いが感じ取れる。その姿がとてもリアルに感じる。男の色気というのは年を重ねる程に深みを増すというけれど、それが実感できるんだよね。まあ、本物の40オヤジと現実であまり関わっていないから言えることだよなーとも思いますが(笑)とにかく、この絵とストーリーで「西田東」なんだ。
某版元が新刊の帯に「BLの物語の力」という煽り文句を載せていますが、その言葉の「?」感は置いておいて、「物語の力」という部分のみを取り上げるなら、西田東ほど物語の力を感じさせる作家はいないのではないかと思う。この『天使のうた』は心からそう思わされる話でした。

最愛の妻と子供を事故で失い、人生に希望を見出せない医師・ミシェル。ある日ゲイストリートに迷い込んだ彼は、かつて知り合いだった少年を目撃する。その少年、アレックスは美形の音楽家、クリストフ・アドラーの息子。アレックスのことを相談しにクリスの楽屋を訪れたミシェルが目にしたのは、男と戯れるクリスの姿だった―。

ミシェルとクリス、そしてクリスとアレックスの関係を軸に話は展開します。何を書いてもネタばれになってしまうのですが、話の流れを知るだけではこの漫画の魅力は絶対に伝わらないと思うので是非とも読んでいただきたい。クリスは父親に虐待を受けていたトラウマからアレックスとの関わり方がわからない父親です。愛している、でも、愛し方がわからない。自分の父親のように愛する(虐待する)ことが間違っているのも頭では理解している。でも、混乱すると自分を見失ってアレックスに暴行を加えようとしてしまう。アレックスはとても頭のいい少年で自分とクリスの関係が歪であることを冷静に見つめていて、それでもクリスを愛する気持ちは絶対に揺るがないと自信を持って言う子供です。この父と息子の関係がとても重厚で、まるで1本の映画を観ているような気持ちなりました。そんな二人の側に寄り添うミシェルは亡くした息子とアレックスを重ねて、うまくいかないクリスとアレックスの関係に気を揉むんだけど、クリスに対する気持ちが恋だと認識するのは最悪の事態が起こってからなんだよね。二人が近づくきっかけになったピアノや髭剃の場面に漂う色気や甘い空気がなんかもう素晴らしすぎます。あぁ、だめだ。上手く魅力を感想にのせれないなー。もどかしい!とにかく力強い人間ドラマです。一読の価値あり。本当に感動しました。

西田先生の話って、庇護する者と庇護される者の関係ではないんだよね。受けや攻めで括る事が出来ない。圧倒的に二人とも「男」なんだもの。私が求めている「対等な恋愛関係」「対等な人間関係」とはこういうものだと思うんだ。それにしても、後書漫画やたまにあるユーモアシーンが素晴らしすぎるんですけど!本当、面白い作家様ですよ。

一般書感想

直属の上司(60代男)に「情けなくて、タメイキが出ます」と言われたyoriです。本屋は売れる本を売ってナンボの商売なんで、売れ筋切らしまくっている私は怒られて当然なんですけど・・・その言葉が妙に可笑しくて苦笑いしてしまいました。書面で言われたので「タメイキ」は原文ままです。でもね、曲がりなりにもプロとして言うことではないんだけど、私売れている本って全然興味がないんです。「何でこんなの買うの?」と思いながら注文して店頭に出しています。私的な気持ちを反映させると恐ろしいことになるので極力抑えているのですが、気を抜くと「こんなお涙頂戴売れないでしょう・・・」と油断していつの間にか売り切れと。
ああ、ダメだ。本当に反省しよう。ちゃんと仕事しよう。

ikiterudakede.jpg
『生きてるだけで、愛』(本谷有希子)
あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ。25歳の寧子は、津奈木と同棲して三年になる。鬱から来る過眠症で引きこもり気味の生活に割り込んできたのは、津奈木の元恋人。その女は寧子を追い出すため、執拗に自立を迫るが…。誰かに分かってほしい、そんな願いが届きにくい時代の、新しい“愛”の姿。芥川賞候補の表題作の他、その前日譚である短編「あの明け方の」を収録。
躁鬱病のエキセントリックな25歳女子と、その彼氏の話。本谷作品は単行本で追いかけるほどではないけど、かなり好きだ。さぞ生き辛いであろう女の子達の姿は滑稽で哀しくて可笑しい。学生の頃に一時期観ていた松尾スズキやケラリーノ的狂気混じりの世界観。残念ながら(?)私の精神状態とはあまり縁のないものなんだけど、だからこそ対岸の火事のような心境で読める。しかし、この話は他の作品に比べてやたら「わかる」気がした。怒れる女子には真逆の男が横にいるものなんだよね。津奈木の無気力な閉じ具合は寧子の過剰に溢れる様々な感情を吸収して飲み込んでしまうブラックホールのようなもの。寧子は自分と同じ場所まで津奈木に降りて来て欲しいと痛切に願っている。簡単に謝らないで欲しいと何度も何度も叫んでいる。でも、津奈木のような男でなければ寧子の側にいられないのもまた事実なわけで・・・。二人の間には距離なんかない。そんな大人しい関係じゃない。近くて近くて、でもお互いの姿が暗闇に紛れて見えなくなると、その瞬間相手の顔を忘れてしまう様な関係だ。実際「停電」がこの小説には何回か出てくる。象徴ってやつなんだと思う。躁状態の寧子は真冬の高架下で全裸で叫ぶのだ。北斎が捉えた奇跡のような五千分の一秒、その一瞬、理解できればいいんだと。私、この場面とても好きです。理解しあえなくても、なんかもう鬱で辛くて大変で、「愛」って何よ?って思う様な状況でも、この二人の底にあるのは確かに「愛」なんだと思いました。
内容に比して読後感は意外なほどすっきりです。幸福のようなものさえ感じたのがすごい。好きだ。

「新学期」

紛れもない趣味の原点の話です。
私はわりと緩やかにBLの世界に足を踏み入れました(たぶん)。

一番最初に男と男の物語を「よくわからないけど(トキメキの正体が)、とてもいい・・・」と認識したのは、長野まゆみの『新学期』だったんだよね。長野まゆみから入り、次に私が手を出したのは一般文芸の同性愛ものだった。あまり覚えていないけど、比留間久夫や松浦理英子(ビアンもの)などの、倒錯的な性愛の小説ばかりを探して読んでいた。わざわざ地元から離れた図書館まで出かけて。友達少なそうな嫌な中学生ですね(笑)。同性愛描写に惹かれる自分を特に変だと思ったことはなかったです。長野作品を読んだ時から、なんとなく世間一般にそういった「需要」があるのは察していたんですよね。こんだけ確信犯的な書き方をして人気なのだから、これは「あり」なんだと。
でもエロが好きなことへの罪悪感は人並みにありました。そういうのを人と語るなんて絶対に出来なくて、仲が良い子にももちろん秘密でした。そうやって一般書で悶えていた時期というのがかなり長くて、それと並行して新聞書評で知った『風と木の詩』や新書館系の雑誌を読むようになって・・・BL漫画を買うようになったのは高校生になってからで、アホのように買うようになったのは大学生、社会人になってから。BL小説はもっと遅くて、きちんと読んだのは大学生になってからでした。本来なら高校生の頃にもっと深い世界に行きそうだけど、この時期は部活一色の生活を送っていたので、一番「オタク」から遠い日々でした。
BLに染まるまでは紆余曲折あったようで実は求めている物の根底は同じだったのだけど、とにかく私はエロ、倒錯、変態が昔から好きだったわけです。そして性質が悪いことに「独りでこっそり」という背徳感そのものが好きで、趣味に関しても閉じがちな自分の性格は、あの頃に培われたんだなーと思うのです。
ああ、爽やかな表紙でも見て気持ちを切り替えよう。
長野まゆみの『新学期』がついに文庫化されました。
singakki.jpg
17歳も年上の兄・朋彦に引き取られることになった史生。兄が教師を勤める学校に転校した彼は、そこで朋彦を慕う二人の少年に、少々手荒な歓迎を受ける。朋彦を自分だけの兄にしたいのだという彼らに、次第に史生は心を通わせるようになって…限られた時を生きる十四歳の少年たちの心の交流を描いた、感動の名作。

今夜、ぼくだけの兄になって呉れますか

単行本の帯の言葉です。なんて美しい言葉、そして、なんて乙女心(その当時は)をざわつかせる言葉なのだろう―と、幼い私が思ったかは知らないけど、この言葉は素晴らしい。今口に出しても色あせない。それに対して文庫の帯の言葉はちょっと今風になっています。ちょっと不満です。
読み返すのは10年ぶりぐらいでしょうか。なぜか微妙に緊張しつつ読んだのですが・・・結構あからさまな表現を使っていましたのね!友情と愛情の間で惑う少年達の、美しく儚い、しかし生の強さも感じさせる名作だと記憶していてその印象は揺るぎませんでしたけど、これは思春期の私がノックアウトされるわけだよ。
彼らの間にあるのは「愛情」であり、確かに「恋情」でもあったと思うのだ。思春期の青臭さも残しつつも硬質な美しさを備えた彼らは、間違い無く私の趣味の原点だ。私は彼らになりたかったわけではない。彼らと恋愛したかったわけでもない。ただ、密やかに見ていたかったのだ。
長野まゆみは決して読者が立ち入ることの出来ない舞台を上映し続けているのかもしれない。
私は今も観客として、舞台の角からその様を眺めつづけて感嘆の溜息をつくのだ。


ちょっと語ってみました。長野まゆみへのあれこれは以前も長々と書いたので気が済んでいますが、入口が彼女だったことは、私にとって幸いなことだと思います。図書館の本を片っ端から手にしていたあの頃、結構イタイ中学時代でしたが本はやっぱり私の救いでしたもの。

「G戦場ヘヴンズドア」(日本橋ヨヲコ)

G1.jpgG2.jpgG3.jpg
Gペンの戦場で戦った者だけが見える聖域
そんな意味を持ったタイトルのこの漫画。泣いたことを感動の秤にするのって好きじゃないけど、久々に泣きました。息ぐるしいぐらい熱くて苦しくて、自分の周りにある何もかもを巻き込んでも「漫画を描く」という人生を選択してしまった少年達の姿に震えが止まりませんでした。
漫画を描くということは、こんなにもこんなにも激しいことなのかな。きっとそうなんだろう。そうであってほしい。
今更確認するまでもなく、私は漫画が好きです。でも、小説を読むことは生きることだって認識があるぐらい本を読むことが自然な反面、漫画はどこか私には魔法のような世界なんです。隔たりがあるというか。真白な紙にペン1本で世界を構築すること、そこに小説が遠く及ばない奇跡のようなものを感じるのですよ。日本が世界に誇る―なんて陳腐な言葉じゃ、まったくもって漫画の素晴らしさを表現するのに不足だと思う。そのぐらい素晴らしい表現手段だと思います。素晴らしい漫画を読むと私は結構本気で「漫画の神様に感謝」と呟いているのですが、もちろんこの漫画を読み終わった後も呟く、というか唸りました。
漫画って一人で作るものじゃないんだよね。それが小説との大きな違いだと昔から感じていました。ネームの作業がどんなに孤独でも、そのネームに可を出す担当者がいなければ漫画は仕上がらなくて、緻密な作画はアシスタントの人達の協力のもと仕上がっていく。ひとつの作品を常に誰かと共有している。それがすごいなと思うんです。小説を書いていた町蔵に父親が「オナニーは布団の中だけにしとくんだな」と言う場面があるのだけど、漫画って「オナニー(作り手の自己満足)」を許さない世界なんだよね。漫画家がいて、編集者がいて、アシスタントがいる。みんなが見ている。一人ではないんだよ。日本に何種類の漫画雑誌があるかしら?(書店員なら調べろよ)。一冊の雑誌に漫画家が平均30人前後だとして・・・それがどんなに狭い門なのか想像すると絶句します。漫画家になること、漫画家で居続けること、それは凄いことなんだね。
ちなみに私の一番身近な漫画家は旦那の友達、「少年エース」で『デッドマン・ワンダーランド』を連載中の片岡人生さんです。面識ないけどさ。

長くなったのでたたみます。

続きを読む

「ドント・クライ・マイ・ベイビー」

図書館にて思いつきで検索機に「ヤマアイシキコ」と入力してみたところ・・・出るわ出るわ角川ルビー文庫やら絶版本やら!なんでもっと早く気がつかなかったのよ、クララのバカ!あまりにボロい図書館なので期待していなかったのです。速攻で取り寄せを依頼しました。他にも「須和雪里」の絶版本があったりと、閉架書庫畏るべし。もっと探せばJUNE期の作品がかなりの数読めるのでは?活用しよう!すぐしよう!そういえば地元の図書館でもヤングアダルトコーナーのラノベの横にかなりの冊数BLが鎮座していたっけ。

さてさて、悶えまくってまだ落ち着かない為まともな感想になっていないのですが、西田東の新刊です!!
nisidahigasi.jpg

あー、もう!西田東漫画の面白さをなんて表現すればいいのかわからないよ!
なんなの!?なんなの、この色気溢れる40代親父達の素晴らしさは!!
そしてありえないユーモアセンスの持ち主だと思いますよ、西田先生は。
この表題作すごく好きだわ。今まで読んだ西田先生の短編の中で一番好きかも。
日常に疲れて何もかもが諦観の底にあるような男の中に潜む衝動。その静かに切迫した感じの色気といったら!しかもバックバージン!可愛いし!悶え死ぬかと思いました(笑)
なんで西田先生の絵ってBLのキラキラから掛け離れているのに、こんなに萌えるのだろう。すっごいなぁ。眼ざまし役を担うロン毛の兄ちゃんがまた味があって素晴らしい。ロックな外見に反してフォークときますか!こんな窓拭き青年がいたら私が恋に落ちるって!マジで!

ああ、上手い言葉が見つからないのがもどかしい。

とにかく西田東の漫画はロマンだ。とんでもなくロマンチックだ。

退屈な日常、よくある職場の光景が「恋」によってキラキラする瞬間。モノクロの世界がバーッと開けて極彩色の世界に変わる瞬間。そんな一瞬を捉え続ける稀有な才能の持ち主だと思いますよ。
これは読まないとダメでしょう!

「青春♂ソバット」(黒娜さかき)

先月は草間さかえ、今月はヤマシタトモコ!
「flowers」を立ち読みしつつ異様に興奮しました。何でって、やっぱりヤマシタトモコは漫画が上手い!昨年は怒涛の刊行ラッシュだったので『薔薇の瞳は爆弾』を読んだ時は軽く食傷気味だったのですが、いやいや、いいよ!ヤマシタトモコはBL描かなくても別にいいよ!高校女子3人組と大人の男の恋愛未満の懊悩話だったのだけど、とても面白かった。あーゆー話好きだわー。
最近よく思うのが、雑誌掲載だけされて単行本化されない漫画達のこと。BLなんて特にそうでしょう。基本的に読み切りが多いのだから。今回の草間さんとヤマシタさんの漫画も、もしかしたら永遠に単行本収録されないかもしれないんだよね。やはりスクラップするべきか・・・真剣に悩むわ。
そうそう、宙出版がBLから撤退。「メロメロ」も休刊が決まったそうです。明治カナコ目当てに創刊号だけ買ったんだっけ。『イルミナシオン』や『タンゴの男』という名作を輩出して、ニューウェイブ系期待の星とされていたのに・・・不況なのね(涙)


sobbt1.jpgsobbt2.jpg
『青春♂ソバット』(黒娜さかき)
「IKKI」で連載されている青年誌風BL漫画の2巻が出ました!好きなんだけど、これはBLか?これからBL展開になるのか?正直それは・・・あまり見たくないような。「ソバット」って何だろうと考えて、「So Bad」?と一瞬納得しかけたのですが、綴りが違いました。ソバット、ネットで調べて出てきた物体が何なのか厳密にはわかりませんが、アンプのようなもの?でもでも「青春超カッコワルイ!」と解した私の訳もあながち間違ってはいないと思う(笑)ゲイの眼鏡少年とノンケの童貞バカ少年の青春(性春)友情物語です。2巻になってようやく軸になるっぽいストーリーが出てきたけど、それまではゲイに出会ったノンケの戸惑い混じりのどたばた友情劇でした。うーん、この二人がラブになることがやっぱり想像出来ないんだけど・・・でも黒娜さんはブログで「商業BL!」を標榜しているしな。というか青年誌風BLが、もしかして今の段階で「これってBLですよね」とか言うのならば鼻で笑ってしまうぞ。爽やかな友情でしょうが。
黒娜さんはヤマシタトモコと同時期ぐらいに、やっぱりニューウェイブ系のBL雑誌で知りました。『恋の口火』を読んだけど、私の好みではなかったのであまり記憶にありません。ただ正直、人の心の機微を描いて上手な作家、ではないと思うのね。だからこの先有田(ノンケ)の気持ちが白洲(ゲイ)にどんどん傾いて、白洲も有田のことが好きになるという展開になったとき、今の青春ドタバタ喜劇を超えて私の心に響くかは、微妙だと思います(辛い?)。白洲に親友が出来る話、として読むだけで私は十分楽しいのだけどな。ま、でもいざ二人ができてしまったら感想は変わるかもしれませんけど。

BLを名乗るからBLなのだなぁ、と詮無いことを思いました。
「flowers」の感想と一緒にしたのは、ボーダレス化が進んでいるのがよくわかって面白いなーと思ったからです。住み分けも大事。境界が曖昧な作家さんの活動の場が広がるのも大事。
でも一番大事なのは「面白い!」と思える漫画を読者(私)が読めることなんだけどね。

今日は関東地方もこれから雪だそうですよ!早く外の用事を済ませてしまわねば。

「私立探偵・麻生龍太郎」

asou.jpg
聖なる黒夜の衝撃再び。麻生龍太郎と山内練の新たな物語。春日組大幹部殺害事件が解決し、刑事を辞めた麻生。彼は私立探偵として新たな一歩を踏みだした。彼の元には人間の業ともいえる様々依頼が舞い込んでくる。その中で麻生は練を守っていこうとするのだが……。

閏年生まれの男に会いに行っている間に2月が終わってしまった。早いなぁ。
父の誕生日プレゼントを渡しに実家に帰っていただけなんですけど、実家はネット環境が不便で困ります。さて、その帰り道に大型書店でゲットしてきましたとも!調べたところ新刊配本が私の店はなかったからね!注文待ちなんて、待てません(笑)


麻生・・・おまえ・・・。
ええ、わかっていました。覚悟していました。『聖なる黒夜』の後日譚。『聖母の深き淵』の前日譚。二人の選ぶ道はひとつしかないわけで・・・。短すぎる蜜月を彩るのは柴田節の利いた短編ミステリでした。

一生かけて償うと麻生は練に誓った。その償いの形がたとえ練の望む形を取らなくても、きっと麻生にとっては同じなんだよね。冤罪事件の真相を暴くこと。しかし田村が説教したように、それは麻生の自己満足なんだよなと。だからといって、BLのようにあっさりヤクザと懇意になる麻生の姿が見たいわけでも全然ないのですが、もやもやしたものが残ります。
『所轄刑事』のときも思ったけど、麻生は鈍い癖に潔癖で、優しいくせに頑固で、善良のようで実は腹黒く(?)、とにかく「面倒くさい男だなー」と何度も思いました。(同じことを「マークス」の合田にも思いましたっけ)
練が変わらないように、麻生だって変わらない。お互いがお互いを変えようと思いながら、決定打の一歩を踏み出せないのは、その一歩を踏み出す前提として相手の懐に飛び込まなければいけないから、即ち自分が変わらないといけないから―というのを二人はたぶんよくわかっているんだよね。「恋愛」という言葉からイメージするものとは何て遠い所に居る二人なのだろう。それでも二人を繋ぐものは様々な「情」であり、その中には麻生は疑うけれど「愛情」もしっかり含まれているのだと、ファンとしては信じたいし信じているよ。
「聖母」と「月神」を読み返す気力が今はないのですが、再読しなくてはいけないな・・・。

携帯小説で連載されたものをまとめたそうなので、書き下ろしのエピローグ以外はおそらく原文のままでしょう。柴田ミステリとしては楽しめました。が、作家の色なので仕方のないことなんですけど、緑子のような「女はね・・・」と一説ぶつ女性が登場するのはやっぱり好きではありません。麻生は女を映す反射板ではないのよ・・・。
あー、及川出てこなかったよー(涙)
その分田村の活躍というか語りっぷりには目を瞠るものがありました(笑)
柴田先生は続編を出してくださるのでしょうか?冤罪事件の絡みは一体どうなるの?「月神」のままでは、練はともかく麻生が憐れでなりません。

小さく言いますが麻生と練のあれこれを期待して読むのなら、立ち読みで足りてしまうと思ふ
プロフィール

yori

Author:yori
気がつけばいつもそばにBL

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
02 | 2009/03 | 04
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード