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BL本ファンへ100の質問

以前から機会があればやってみたかった「BL本ファンへ100の質問」に挑戦しました。お題は■ into DEPTHS様より頂きました。
長い質問に長く答えてる箇所もちらほらあります。
お暇な方、気が向きましたらどうぞ~


後日あまりにも集中力が切れていて気になった部分を修正しました。はい、自己満足です(笑)

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BLCD「百日の薔薇」

BLCD.jpg
【キャスト】タキ・レイゼン:千葉進歩、クラウス・フォン・ヴォルフシュタット:井上和彦。

このドラマCD、とっても良く出来ているのではないでしょうか!?
びっくりしました。初めて(失礼)濡れ場を 素敵と思いましたよ。
初心者も初心者が本当失礼な話ですが、私はやっぱりどーしても受けの喘ぎ声が「イヤン、恥ずかしいっ!」となってしまう女なのですね。あと、受けの人は全体的に声が気持ち高いと思うんだ。もう少し低くてもよいと思うんだ・・・。しかし今回は「いーやー」となりつつもニマニマしながら聞いてしまいました。正直リピートかけて濡れ場を聞いたのは初めてです。タキが可愛すぎる。クラウスの言葉責めが原作よりも追加されていて更に「いーやー、リピートしよっ!」となりました(笑)

どうでもよいですが、BLCDについて語る時ってテンション上がりますね。

BGMも良かったし、脇役の人達の演技も素晴らしかった。何よりも脚本がとても良く出来ていたと思う。時系列のややこしい話を分かりやすくまとめていて、原作の足りない部分を捕捉している箇所もいくつかあった。うん、これは良い買い物だったな。惜しむらくは「肉球編」がなかったことかな。あっ、あと端折られていた濡れ場(しつこいですね、スミマセン)が残念だった!本当に残念だった!タキが口でする場面が・・・。ままま、とにかくですね、面白かったです。

声優個人には思い入れがないというか、ノータッチ分野なので本当によくわからないです。
知っている声優は?という質問に 林原めぐみ と答えそうなレベルです。某野球漫画の某キャッチャーの声の人は素敵だなと思いましたが、「窮鼠」が恥ずかしかったのでその印象が強くなってしまいました。今、少しだけ注目している声優は 藤原啓治さん ですがBLに出演していらっしゃるのだろうか。この方には是非とも受けて頂きたいのだが、無茶な話だろうか。「Vassalord」のレイフロ役なんだから受けられると思うのだが。調べてみようかしらね。

今日は明治さんにお渡しする差し入れを買いに行き、手紙を書きました。好きな作家さんにお会いするのって久しぶりだな。トジツキハジメさんのサイン会以来だ。欲を持ってはいけないと思いつつも、もしかしたらサインが貰えるかもと既刊本を1冊鞄に忍ばせます。ええ、真剣です。


「藍より甘く」一穂ミチ

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夜景、港町、観覧車。完璧すぎるロケーションで入江暁行は「好き」と告げられた。三年間も友達として側にいた柘植遙から。実家が藍を作っていて、爪の先をいつも青く染めている遙。笑うと寂しげな顔が明るくなる遙。男なんて絶対ありえない、でも居心地いい彼の隣は手放したくない。誰にも言えない困惑を、暁行はブログに綴ることにするが―。


絶賛されている作品の感想が微妙だった時って、なんとなく背徳感や優越感がありませんか?
自分にはわからない―という申し訳なさと、みんなと違う―というアレな気持ち。
すみません、性格がよろしくない感じで(笑)まぁ、すべての表現物は好き好きなのですがね。

作品に対して辛いわけではないのですが、感想未満の雑文なのでたたみます。

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「恋愛・教師 Color of Snow」西江彩夏

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「好きになれなんて言わない。だからあと少しだけ、今だけ、側にいたい」雪が降る夜、佐々井は恋人に振られて混乱する年下の同僚・井瀬崎に抱きしめられていた。井瀬崎は、普段は温和で優しいが、同性の恋人の存在を知る佐々井を避け続ける片想いの相手。嫌っているくせに、佐々井は必死に縋る腕の強さに拒むことができない。彼に触れてもらえる嬉しさと罪悪感を素直になれない態度に隠したまま、佐々井は体を重ねてしまうが―。

最初に一言、とても面白かった。読んでる間中眉間にしわ寄りっぱなしだったので、面白いと云うとちょっと語弊もある気がしますが、この話は私が今まで読んだBL小説の中でも一番「痛い」話かもしれない。
BL小説の「イタさ」というのはトラウマだったりトラウマだったりトラウマだったり(笑)、それ以外でも普段の私の日常とはどうもかけ離れている問題による「イタさ」が主だと思うのです(三角関係とか元彼とか当て馬とかムリヤリとかね)。それが「他人事」であるからこそ、得られるカタルシスというのが心地よくてBL読んでいるのだなと思うわけです。しかし、「恋愛・教師」の痛さは何と云うか、すごく身近にあるような痛さでした。まるで親しい友達の話を聞いているような近さがあった。眉間にしわ寄せて考えたのは、兎にも角にも恋愛にはこういった側面だってあるのだという核心を突いているなということ。この二人がしていることって「痴話喧嘩」にすぎないし、元彼である義兄の存在は攻めの中で大きいとはいっても直接恋愛関係に絡んでくることは徹底してない。
問題は、どこにもない―ように一見して思えなくもない二人なのですよね。
でも違う。好きな人と居たって、一瞬満たされていると感じられたって、その直後には云い様のない不安に襲われる。「幸せ」の基準を自分で決めることが出来ないから迷う。でもBLに出てくる「攻め様(笑)」のように常に愛を直截的情熱的に語れるような人は現実にはそうはいないから、そして相手も同様の不安に襲われているとしたら、陥るのは不安の無限ループなわけで。
私は結局のところ自分のことは自分でどうにかするしかないと思っている節があります。相手に何かを委ねているような足場の不安定な感覚が好きではないし、幸福を人に決めてもらおうとすれば、価値は揺らぎまくるのも当然のこと。自分で「大丈夫」と思わないとやってらんない。でもそれって口にするのは簡単だけどとても難しいのですよね。相手がいる「恋愛」という状態だとなおのこと難しい。
これは、そういった恋愛を上手に出来ない二人の話です。二人ともグルグルになりながら、それぞれの回答をやっとこさ出していて、そのゆっくりした段階に私もゆっくりですが、この話がとても面白いと感じるようになりました。いや、最初から面白かったのですが「痴話喧嘩だけで終わり!?」と前半を読んで思ったので。この話は後半がなければ成立しないと思います。

西江さんのキャラクターって前作の「ナルシストの憂鬱」を読んだ時にも思いましたが、内に抱えている葛藤と、外に表れる性質が似ていると思う。みんな不安で優しい人ばかり。「ナルシスト」の山田のようにデフォルメされたキャラが誰一人として出てこない「恋愛・教師」は、本当にすぐ隣にある「一見幸福な二人の恋愛話」のように感じました。でも恋愛をしていれば幸せというわけではない、では結婚をしていれば安心なのか、という問いにも義兄という人物をもって応えてくれました(余談ですが、この義兄があのような選択をした過程が知りたい。本編に増して「痛い」話になるのは予想出来るけど、やたら気になる人物でした)。何をしていたって問題は結局のところあるのですよ。それを省いたような幸福な話が多い中(もちろん幸福な話は好きですけど)、敢えてのグルグルを終始描き続けたこの小説は、やたらと私の琴線に触れました。
正直、この話の3人が抱えていた依存・共依存・同情云々よりも、「ナルシスト」の山田が抱えていた問題の方が私には断然身につまされる物だったのですが(笑)、普通の人が抱える内面のちょっとした傷に迫る力を持った作家さんだと思います。
西江さんは、もしかしたら西江さんにしか書けない小説を書く人かもしれない。
そういった作家さんに出会えたことは小説の読後感とはまた違う次元でわくわくします。
次回作が楽しみ!

一般書感想「世界音痴」

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末期的日本国に生きる歌人、穂村弘(独身、39歳、ひとりっこ、親と同居、総務課長代理)。雪道で転びそうになった彼女の手を放してしまい、夜中にベッドの中で菓子パンやチョコレートバーをむさぼり食い、ネットで昔の恋人の名前を検索し、飲み会や社員旅行で緊張しつつ、青汁とサプリメントと自己啓発本で「素敵な人」を目指す日々。<今の私は、人間が自分かわいさを極限まで突き詰めるとどうなるのか、自分自身を使って人体実験をしているようなものだと思う。本書はその報告書である>世界と「自然」に触れあえない現代人の姿を赤裸々かつ自虐的に描く、爆笑そして落涙の告白的エッセイ。

日々出来る限り心に波風立てずに穏やかに過ごしたいと願っている私ですが、そうは云ってられないことも多々あるわけで。対人相手の波風ならまだマシで、相手の怒りや鬱屈を受け止めつつかわしたりしつつ自分の感情をぶつければ済む話ですが(疲れるけど)、特に何もないのに無性に気持ちが下がるときというのが面倒くさい。
そんなときは穂村弘を読むのです。自分と「世界」に得体の知れない「膜」があるように感じるときというのがあって、それはオタクであること腐女子であることとも無関係では恐らくないのだけど、それとはまた違う次元で「なんか私上手くできていない?」となってしまうような、いわゆる中二病(が何かも厳密にはよくわからんけど)の大人バージョンのような気持ちを抱くことがたまーにあるのですね。そんなときの心の清涼剤として、穂村さんのエッセイは機能します。少なくとも私にとっては。ちなみに穂村さんはご自身の著作について書かれている一般人のブログを読むのが習慣だそうですが、こんなスミッコのブログは見つかりませんよね?その件に関して対談集「どうして書くの?」で山崎ナオコーラと語っていましたが、山崎さんの引きっぷりが面白かったです(私も若干引きました)。40間近のダメダメな独身男の日常エッセイを読むと、空恐ろしい気持ちになってくると同時に癒されるのです。それは穂村さんのダメさが私のダメさに確かに重なるからなのですね。何だこの男!?と殴りたくなるようなイラつきが段々快感になってくる。穂村弘という男が嫌いで嫌いで仕方ないのに愛しく感じてしまう。わかってもいるのです。「穂村弘」は歌人穂村弘が生み出した虚構の人間だってことは。自虐と諧謔とある種のとてつもなく高い厄介なプライドと。そう、この人は自己愛の権化だ。その姿が確かに自分と重なるのだ。「世界に馴染むことの出来ないダメな僕」―穂村さんの自己愛は「ダメな僕」と自嘲する部分の限りない軽さにあるように思う。絶対ホントには自分のことダメなんて思ってないでしょ、むしろ「世界」の方がダメだって思ってるでしょ?と突っ込みたくなってしまうような面倒くさい人です。でもそんなところが他人とは思えないというね。また穂村さんの文章はエッセイとして読んでも単純に上手い。短い文章にありったけのグダグダを詩的な感性で押しつけがましくなく乗せている。どの文章も必ずクスッやチクッがある。煽り文句の「爆笑そして落涙」は決して大袈裟ではないです。そしてそして穂村さんの歌がまた面白い。穂村さんと枡野浩一を読むと、現代短歌の自由なこと、魅力的なことがよくわかる。二人ともままならない「恋愛」の歌が多い印象だけど、やたら共感するというか、その気持ちを知っているような心境になってくる。たった5・7・5・7・7で世界を作ってしまうのだから凄いよな。実は以前触発されて短歌に少し手を出してみたのですが、私には無理でした(笑)
男性作家の「自虐ネタ」を読むたびに思うのだけど、男は「カッコワルイ」を「カッコイイ」に転化させることが出来るよね。それがちょっと羨ましいなーと思った。
女は「カッコワルイ」を「カッコイイ」にするのはなんとなく難しい気がするから。

「百日の薔薇」稲荷屋房之介

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敵国の軍人同士でありながら主従の契りで結ばれているふたり。一国の命運を担う気高く美しい指揮官、タキ・レイゼン。彼に忠誠を誓う騎士であり気性の荒さから『狂犬』と呼ばれるクラウス。だが、ふたりを見る周囲の目はさまざまな危惧や心配から冷ややかだった。純粋に想いあいながらも戦況の激しさに伴い過酷になる恋の行方は―!?(1巻)
神代から続く辰華の一族・レイゼン家に生まれ二万の兵を率いる美しき指揮官・タキと元は敵国の軍人でありながら国を捨て彼の騎士となったクラウス。だが、クラウスの気性の荒さと謎の多い行動にタキの側近たちは危惧をつのらせていた。ふたりはすれ違う想いに翻弄され傷つきながらも共にあり続けることを強く願うのだった。そんな折、同盟国エウロテの不審な動きが明らかになる。様々な思惑と陰謀が渦巻く中、タキの下した決断とは!?(2巻)


ああ、なんて表現すれば良いの?
やっぱりここは直球に萌死ぬだろうか。

本当に本当に今更ですが、「百日の薔薇」にハマりました。

ああ、すごく良い。ビックリするぐらい良い。どうして手放してしまったのだろう、数年前の私。きっと以前は難解な世界観にギブアップしてしまったのだと思う。しかし改めて読んだら、回収されていない伏線は山ほどあるものの、別に難しいことは何も云ってないよ!やはり本は寝かせてみるものだなと。
何もかもが所謂「萌え」につながる。世界観、キャラクター、言葉の端々、あらゆる舞台装置が著者の萌えであると同時に、読んだ側から私の萌えに即時に変換される。1頁、1コマ、眺めれば眺めるだけ「これも萌えだ」という仕掛けに気が付く。すごい力量だと思う。最新刊の「ザイオンの小枝」を読んだ時には登場人物の葛藤は遠く感じたのだが、「百日の薔薇」のタキもクラウスもなんて魅力的に描かれていることか。確かに互いを想い合っていながら、身体を繋げていながら、通じあう「言葉」で語ることの出来ない愛が切なすぎる。握られた手、指の動き、絡み合う視線、そのすべてが壮絶な色気を放っている。ホント今更ですけど、凄い漫画だ。

タキは領の民にとって「現人神」のような存在なのですね。清廉潔白、穢されてはいけない唯一無二の存在。そんなタキがクラウスに抱かれることは穢されることと同意義で、あってはならないことなのです。お互いが持つ感情に違いは無いはずなのに、表現手段の相違から理解をし合うことが出来ないような関係でもある二人。タキが身体を繋げる行為によってどれだけの傷(心身ともに)を負うかクラウスには想像出来なかった一方で、タキが身体を繋げることによって傷付くという事実そのものがクラウスにとってはどれだけ傷付くことか、タキにも想像出来ない。でも、二人は古からの「運命」で結ばれている(この辺りはまだ明かされていませんが)。
「狂犬」「ライカンスロープ(獣人)」といった二つ名で呼ばれるクラウスは破滅願望があるような危険な男ですが、タキへの忠誠は決して揺らがずに命すら簡単に投げ出してしまいそうに見える。「運命」はクラウスの一族の「血」に関係がありそうですが、その想いは宿命的な絆を匂わせてクラクラします。
彼らの出会いは時系列的に少しややこしいのですが、幼年期に式典の最中にあったタキに、偶然国に招待されていたクラウスは出会うのですね。その時二人が感じた「運命」が数年後二人を再会させることになるのです。元々はタキの「監視役」として学友のふりをしていたクラウスですが、昔の想いが消えることはなかったどころか、狂気じみた強さでタキを求めるようになるのです。でもその気持ちと強引な行動を根底で支えているのは、得体のしれない「運命」だけではないのですね。まだタキの国の言葉が理解出来ないクラウスに、戦争が激しくなり留学先から国外退去を云い渡されたタキが自国の言葉で呟くのです。「お前と この空の向こう どこまでも行けたらよいのに」と。この言葉があるから、クラウスはタキの側に居ようとし続けるのだと思います。タキの気持ちが自分の激情とそう変わらないことを、クラウスは知っているのだよね。そしてそれを誇りに思っているんだ。
そしてタキが、タキが・・・有り得ないぐらい可愛いの。定められた運命とは云え、国民に崇拝される姿は心から国民の幸せを望むタキだからこそ。目に涙を溜めて堪える姿とか反則です、マジで。戦いに身を投じるタキを上官が「さぞかし美しくて、鮮烈で 気高く 狂暴で 危ういのだろうよ」と表するのですが、2巻でクラウスを倒されたと思ったタキの闘いぶりはまさの「狂気」そのもの。自分の身分を常に考えなくてはいけないタキがクラウスと接する時にだけ様々な表情と感情を見せるのです。それがなんというか、本当に愛しい。そして抱かれるタキの色気といったら本当に壮絶。稲荷屋さんの漫画ってどうしてこんなに色っぽいのかしら。絵が上手いのは当然のこと、その線の太さも特徴的だと思う。青年漫画っぽい雰囲気を感じますって、それは内容がアレだからか。
ストーリーはまだまだ中盤といったところです。二人の行方はイコール「戦局」次第という、本格的な戦争大河ロマン。でもその戦争描写がまた面白いんだ。戦争という舞台が萌えの為の装置で終わらない巧さがあるのですね。おまけの「肉球編」も素晴らしいし、今更だけど(しつこい)読めて良かった!!
余談ですが初めて「AQUA」を手に取りました。掲載作にも作家にも見事に馴染みがない!残念ながら今月号には「百日の薔薇」は載っていなかったのですが、連載が続いていることを確認出来ただけでも嬉しかったです。


さて、稲荷屋さんもイベント活動が活発な作家さん。
2,3日色々考えた末、とりあえず10年ぶりにアニメイトへ足を運び「J庭」のパンフレットを購入してきました。ドラマCDも目的だったのですが、こちらは売っていなかった。でも絶対に手に入れる!
日々萌えてはいるけれど、こんなに強い衝動を持ったのは久しぶりな気がします。色々考えたというのは、まぁ、仕事や旦那の目(下手に同人誌の値段を知っているので)なんですけど、どーにでもなるさ。この機会を逃したらイベントに足を運ぶことはなさそうだもの。腐女子たるもの1度ぐらいはお祭りに参戦してみようじゃないか!ということで、迷っていたことが嘘のようにあっさり「J庭」一般参加を決めました。ドキドキするー。

「丸角屋の嫁とり」山中ヒコ

あまりに多くの本を一度に消化すると、上手に咀嚼できません。出来なかった結果、なんだか微妙な感想を山中ヒコさんの本に書いてしまったと思いモヤモヤし、寝る前に「初恋の70%は」を読み返したら大変面白かったので「丸角屋の嫁とり」の感想を一旦削除しました。ヒコさんの「間」や「行間」を私が一読して理解出来ない(萌えられない)だけで、読み返す程に味の出る作家さんですね。甘いようで甘すぎない、絶妙な感覚をお持ちの人だと改めて思いました。じゃあ私は懲りずに何を書こうとしているのかって、「嫁とり」に感じてしまった微妙な心境についてなんですね。
以下、表紙とあらすじです。
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武家の庶子である鈴は、本妻の目を恐れ男の身で女として育てられた。美しく成長した鈴はある日、町でならず者に絡まれたところを町人の新三郎に助けられる。以来、男というものへの憧れを育て始める鈴。だが父から借財のカタに嫁入りを命じられ・・・?表題シリーズほか、年下攻めリーマンシリーズ「新しい武器」を収録。

そもそも私は「花嫁物」の何たるか(定義?)を知らないので、不勉強な奴が勝手に云っていることだと笑ってやって下さい、スミマセン。思えば「花嫁物」というジャンルには「奥さまは18歳!」(ひちわゆか)の他に手を出したことがありません。BL界で敬遠されがちな2大ジャンルとして「花嫁」と「アラブ」があるような気がするのですがどうでしょう。私が花嫁物を手に取らない理由というのは色々あるのですが、身も蓋もない云い方をすれば「花嫁=結婚」に何らかの夢やロマンを託すような設定そのものが受け付けない。「受け」が「女性」の役割(家事)を自然としていることに不自然さを感じるというのもあるし、何も男が花嫁だとか奥さんだとか呼ばれなくてもいいじゃない・・・と至極真っ当な気持ちになってしまうのですよね。おかしな話です・・・だって私は「養子縁組」とか「ずっと一緒にいようね」的な永遠を匂わせる口約束は大好きなんですよ。でも「花嫁」と聞くとガクッと力が抜けてしまう。それだけ破壊的な威力がある言葉だと思います。もちろん私が知らないだけで、様々なタイプの花嫁物があるのは想像に難くないのですが、とりあえずのイメージとしてはそんな感じです。
でも、「丸角屋の嫁とり」で気になったことは上に書いたようなことだけではないのです。
鈴はムリヤリ女の子として育てられた子なわけで、その内には幼いころから「男」への憧れがあった。幼馴染の少年への嫉妬や、新三郎に助けられた後に自分の細腕を見やる場面なんて特に切実に鈴の葛藤が感じられました。そんな子が、果たして新三郎に「愛されること」と「自分らしく生きること」を両立させられるのだろうか。「男として生きたい」と望む鈴が「女のように愛されること」に耐えられるのだろうか。この話、新三郎から鈴への想いは力いっぱい感じたのですが、鈴から新三郎への恋情というのが、実はあまり感じられなかったのです。でもそれは色々鈍い私の感情が上手く接続していない為な気もしたのですが、考え出したら止まらなくなったので吐き出してみました。それにしても「性別」を「親」から押し付けられた鈴が不憫でならなかったよ。もっとウジウジしている子だったら大して気にしなかったかもしれないけど、鈴は少し捻くれつつも凛としたカッコイイ子だったので、余計に考えてしまったんだ。男として生きながら新三郎と添い遂げる―鈴が苦しむことなく自然にそう流れてくれるといいなと真剣に思いました。ああ、本当に微妙な感想で申し訳ないです。

同時収録の「新しい武器」の方が好きでしたね。「言葉(単語)」に弱い私はタイトルでやられてしまった。真面目な先輩(受け)とヘタレ気味な後輩(攻め)のリーマン物です。彼(先輩)が手に入れた「新しい武器」とは「自分を傷付けることが出来る他者」のことだろうか。人は自分によっても他人によって傷付けられる弱い生き物だけど、その武器は使いようによっては「自分を守る武器」にもなるのよね。第三者視点で描かれる「吉野が二人の関係に気づいた日の話」も面白かった!「初恋の70%は」収録の「恋と恋の間」も同様の手法が素晴らしかったけど、ヒコさんのこの描き方は良いですね。吉野も幸せになれるといいな。
書きなおしたものの更に微妙な感想になってしまった気がしなくもないのですが、今後も買い続ける作家さんです!最後にナンですが、私ヒコさんのいたしている場面がかなりツボです。可愛い!

「赤い竪琴」津原泰水

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日常に倦み、無気力に生きるグラフィックデザイナーの入栄暁子は、祖母の遺品から出てきた夭折の詩人の日記を、その孫・古楽器職人の寒川耿介に返すため、尋ねていく。無愛想な寒川は、押し問答の末日記を受け取るが、お礼にと自作の赤い竪琴を暁子に渡す。この不思議な出会いは沈潜していた暁子の心を強く揺り動かした。受け継がれる“絆”と“謎”の行方を描く、静謐な恋愛譚。

久しぶりに一般書感想いってみます。

読むたびに性別を確認せずにはいられない。私にとって津原泰水はそんな作家です。
「蘆屋家の崩壊」で豆腐好きの伯爵と猿渡コンビに出会った時は、漂う「やおい臭」に迷わず女性作家だと思ったし、「少年トレチア」の破壊的な耽美さを読んでもそれは変わらなかった。その頃ホームページを見てようやく男性だと知り驚愕したのよね(その後著者近影をよく見たら、長髪だったけど間違いなく男性でした・・・)。耽美で幻想的で中性的な文章が好きで読み続けてしまう作家です。
「赤い竪琴」はたぶん津原さん唯一の恋愛小説。恋愛小説っていうのは「恋愛」を描いている時点ですべて同じだと思うんですよ。乱暴な言い方だけど、日頃読んでいるBLが詰まる所「男同士の恋愛小説である」という大前提をベースに、キャラと設定に様々な装置を仕掛けて違いを出しているのと同じだということ。女が男に会いに行く切っ掛けも、二人の心が近づく様の唐突さも(恋愛とはそういうものと云われてしまえばそれまでだけど、たまーにBLを読んでいて我に返るのは、「男が男に惚れる」ファンタジー部分ではなくて、人が人に恋をする瞬間の唐突さにだったりするのです。ええ、恋愛力の低い人間ですよ・・・)、その後の元彼の登場も、男を襲う運命も、なんというか流れだけで見れば横文字小説的。しかし仕掛けられた装置の美しさによって、よくある恋愛小説が「津原泰水の小説」になる。その幻想的で美しい様は圧巻。祖母と詩人を繋ぐ糸が垣間見えた瞬間の主人公の心の揺れが痛いぐらい胸に迫ってきます。豪華客船に鯨の歌声という装置はロマンチックすぎると思わなくもないけど、用意された幸福なラストには素直に感動してしまいました。うん、好きだわ。

津原さんは「津原やすみ」名義で少女小説を長く書いていた経歴の持ち主です。SF、ミステリー、推理小説とジャンルは幅広いけど、常に「少女だった人へ」向ける視線があるような気がするのは、たぶん気のせいではないはず。もっと云えば、その少女はどちらかと云うと「腐」よりの人間な気がしてしまうのは、やっぱり伯爵と猿渡君のイチャイチャの印象が強いからなのか・・・。ちなみに猿渡君はその後「ピカルディの薔薇」という短編集でも再登場します。鬱傾向の強いダメダメな彼が私はとても好きです。



「LOVE SONG」まんだ林檎

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私は「BL」がまだギリギリ「耽美」と呼ばれていた頃にこの世界に入りました。
「JUNE」が内省と死のイメージなら「BL」は明るい恋愛至上主義。私の中の「耽美」とはその間に位置する世界です(定広美香先生が「灰とダイヤモンド」を描いていて、鹿乃さんが初田さんだった頃と言えばいいのかな?90年代後半ですね)すべては地続きである筈だけど「名前」というのは重要で、今でも私は「JUNEっぽい!」とか「BLというよりは耽美だな・・・」なんて一人引き出し分けをしてしまいます。何が云いたいかというと、07年に刊行された「LOVE SONG」は紛れもない「耽美」でした。恋愛の明るさにはほど遠く、どちらかといえば恋愛以前の心の葛藤と、恋愛のその先に見える人生の哀愁を描いているというか。正直、こんなに感想書くのに困った作品は久しぶり。「読めばわかる」と感想を放棄したくなる程の素晴らしさがありました。もし私の雑文を見て本を手に取って下さる人がいるのなら(実際にいらっしゃることの有難さ!)、全力でおススメをしたいです。

「LOVE SONG」
先日(9/24)の記事で書いたように、偶然見たテレビのジュリー切掛けで思い出した表題作。
主人公の波広は高3の春に隣の席になった刀根にいきなりこう告げられる。「俺ね性同一性障害っていうビョーキなんだけどよろしくね」と。親しくなった頃刀根は波広に「好きだよ」と伝えるのだが、波広から見れば刀根はジュリーが好きでお調子者で綺麗な「男」。性同一性障害のなんたるかを知らない波広は無神経な言葉で刀根を傷付けたりもするのだが、それでも刀根は波広を想い続ける。刀根が帰り道に歌っていた「ダーリン」を途中でやめるコマがあるのだけど、その先に続く歌詞の意味するところを考えて彼は歌をやめたのよね。波広に彼女が出来てぎくしゃくしてしまった二人ですが、卒業間近のある日に行ったカラオケで、刀根が「ダーリン」を歌う場面が本当に素晴らしい。込められた意味合いに気が付いて赤面する波広と、それでも歌い切る刀根の必死な表情が迫ってきて心を締め付けられる。本当に泣けてくる。彼らの結末の捉え方はそれぞれだと思いますが、卒業写真の彼らの笑顔がすべてを物語っていると思います。
今風ではない高校生達のちょっと野暮ったい様と学ランがとても作品に合っていました。波広と彼女がセックスをしたのかと問う二人のやり取りも青臭くて良いし、ちょっとデフォルメされた人物が可愛くて笑える箇所もある。高校生が主人公ということで、波広と刀根の間に横たわる障害への認識の差異にもとても現実味があった。ベテランの漫画家に今更言う事でもないけど、すごく上手い。すべてが計算されていて無駄なものが何もない。紛れもない名作で傑作です。ぜひぜひご一読を!

さて、ここで終わらないのがまんだ先生の素晴らしい所で、私の愚かな所。
先の記事で「他の漫画は特に印象には残ってない 云々」抜かした言葉を全力で撤回させて下さい。えーと、この単行本に収録されている作品すべてが同様に素晴らしかったのですよ。今現在「コンプレックス」と「狂ひもえせず」が入手不可であることに深く絶望しているのですが、仕事が一段落したら絶対になんとかします。

「あたらしい家族」
ゲイのカップルが独り暮らしの母のために一方の実家に帰る話。
新しい家族とは3人で始める共同体のことでもあるし、男と男が「約束」した関係のことでもあるし、母と息子にとっての男のことでもあるのよね。「家」というものに対する考え方やお母さんの抱える孤独はなかなか描けないことだと思う。このお母さんが本当にお母さんで・・・親を独りにしてはいけないなと、普段はあまり意識しないようにしていることを真剣に考えてしまった。

「あなたが幸せになれた日々の理」
内省的で暗いけど最後には希望のようなものが用意されているという大変私好みの話。
主人公の中沢は電車内で席を譲った挙句に途中下車をしてまで気を使うクラスメートの東堂に驚く。しかし誰にでも親切な東堂には心に抱えた闇があった。厳格な祖父の躾を受けて理想化されていく自分と現実のギャップにボロボロになっている東堂は、理想を具現化したような剣道部の主将乾に恋をしてしまい、そんな自分をまた許せなくなっていたのだ。
「ぼくはあさましい いつも罪悪感にさいなまれている その罪が少しでも軽くなるように ぼくは親切になるんだ・・・」―中沢は同情から乾に愛されたいと泣く東堂を抱くのだが、その後東堂は壊れたようになってしまう。そんな中沢に詰め寄ったのは乾だった。乾は乾で東堂が自分を理想化していること、本当の姿を決して見ようとはしないことを知っていて敢えて「理想」を演じている部分があったのだと思う。抱いてやれば東堂は救われたのか?と問う乾の真摯な姿もまた胸を打つ。そして中沢自身についても最後まで恋愛を匂わせないのだが、高校生にその台詞は紡げないだろうと思いながらラストの言葉にえらい感動した。「恋は自分以外の人にするものだけど 自分のコトが好きじゃない人に本当の恋はできないんだぜ 今度はゆっくりでいいから自分のコトを好きになるところからはじめようよ」
東堂が自分のことを好きになれるといい、幸せになれるといいと心から思った。表題作と並んで好き。

「恋をせずにはいられない」「4度目の夏」
とりあえず叫んでおくと、村薫の某義兄弟をまんだ先生の絵で見てみたい!!
昔夢中になったものと人はどこかで繋がっているという素敵な話。ストーリーも良かったけど、私にしては珍しくメガネ男の主人公に萌えました。普段のちょっと疲れた色気と、後輩君に餞別代わりにエレベーターでキスをする時の強気な様子や、細めた目で「誰?」と訝しむ表情がたまらない!再会した男と恋は出来たのだろうか。収録作中もっとも明るい読後感がありました。面白かった!


やっぱり文章でこの漫画の魅力を伝えるのは難しいです。でも本当に素晴らしい作品でした。改めて出会えたことに感謝!気になったらぜひ手に取ってみてくださいませ。
*動画を移動しました






プロフィール

Author:yori
気がつけばいつもそばにBL.猫かぶってみても、結局たどりつくのはそこなのです。感想は基本的にすべてネタバレ注意です。拍手&コメントありがとうございます。拍手コメントは該当記事のコメ欄にてお返事いたします。リンクフリーですがご一報頂けると嬉しいです。

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