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「地獄行きバス」明治カナ子

地獄行きバス (バンブー・コミックス 麗人セレクション)地獄行きバス (バンブー・コミックス 麗人セレクション)
(2010/06/26)
明治カナ子

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「地獄行きバス」
「6月に同僚と結婚をする」突然、同棲中の修から結婚報告をされたカンちゃん。別れを切り出すと、修はカンちゃんと別れるつもりはないと言い出す。どうしても別れたいならば…と修がカンちゃんに出してきた条件は“一週間、ふたりで旅行に行く”だった―。

物欲の固まりのカンちゃんと、物欲の無い修。
互いの性格や本質を“真逆”だと認めながら「でも好きだよ」と云い合う二人。
恥ずかしいけどこの二人の有り様は、私の理想でもあるのだ。
修が過去をふり返り「この人のそばにいると安心するんだ」と思う場面が素晴らしい。自分の欠点だとカンちゃんが思っていることが、思いがけず修にとっての“幸福”に繋がっている。修はカンちゃんに「物がなかったよ」と笑うだけで詳しくは話さない(作中では)。空っぽだった昔の家のこと、物であふれ返る今の家のこと、修の中で幸福の形はカンちゃんといる現在なのだ。カンちゃんが不安に思っていたとしても、修はそれをよくわかっているんだよね。すごく幸せな二人だと思う。
愛情の表現の仕方は人それぞれで、誰かにとっては1のことが、相手にとっては10に感じられるようなことって間々ある。同じくらいの愛情表現を求めるのではなく、相手の表現レベルに合わせたものを自然に要求し、また、時には飛び越えて与えようと努力をしている。やっぱりとても理想的だ。これほど“完璧”(各々が内に抱える歪さを含めて)な恋人達の話はちょっとないと思う。心からオススメ。


が、今回表題以上に私が楽しみにしていたのは後半の「夜の女王」シリーズなのだ。

幼い頃眠っている間に両親に捨てられた貴志(きし)は、従兄弟の輝の家で育った。貴志はトラウマから目覚めたときに側に人が居ないとパニックを起こしていたが、社会人になり輝の家を出ることを決める。平日は睡眠剤で眠りにつき、週末はセックスと添い寝を兼ねた相手を買っている。最近気に入りのヒラ君は客である貴志に好意を持っているが、貴志は輝に従兄弟以上の気持ちを抱いているようでもあり―。

本誌を切り取って保管していた6年前の麗人掲載作品。今回の収録で何らかの改稿が行われることを期待していなかったと云えば嘘になる。開けた未来に繋がるラストの締めも、何もかもがとても私の好みなのだけど、あの二人にはあともう一歩近づいて欲しい気持ちがあったのだ。だけど…長く単行本にならなかった事と関係あるかは知る由もないが、後書によると明治さんにとってあまり良い思い出の作品ではなかったらしい。そういえば同人誌でも見かけることはなかったものね。

何度か書いた思い出話になるのだが、シリーズの最終話「未来には」を私は四国の小さな本屋で読んだのだ。大学4年の煮詰まった時期にとりあえず旅行にでもと思い足を運んだのが四国だった。で、色々見て遊んで、でも特に何も変わらなかった旅の思い出は結局明治さんなんだよ(笑)
実は最終話を読むまでこの話の行きつくところがまったくわからなかったんだよね。二人は恋人になるの?どうやって?でも何か違和感がある…とずっと思っていたんだ。
そして読み終わって放心状態になった。ただただ驚き感動していた。
貴志と輝が恋愛関係にならなかったことに。そして、貴志が輝は“家族”だと確認したことに。

これは貴志と輝の話ではない。
かといって貴志とヒラ君の話でもない。
最初から心に問題を抱えた貴志の話だったのだ。
“家族”という一度は失ってしまった関係が、きちんと自分にも存在すること。それを確認することが貴志の回復に繋がったのだ。そしてそれを勝ち取ったのは他ならぬ貴志自身なのだ。自立の為に家を出ても引っ越した先は隣のマンションで、家族の不在に怯えるかのようにオペラグラスで覗き見をする。貴志の行動は輝のストーキングをしているようにも取れるけど、本当は違うんだよね。自分を捨てた親のように、輝の家族がいつか黙って居なくなってしまうのではないかと怯えていたのだと思う。輝の近くに居てはダメだという真意には、欲望を覚えたら困るという理由以外にも、トラウマに縛られたままの自分に対して「このままでは良くない」という葛藤があったのだろう。彼は静かに一人で闘っていたのだ。

輝は彼の純粋さでもって貴志の手助けをするし、添い寝相手に買ったヒラ君がいなければ、貴志は輝を“家族”だと確認することは出来なかったかもしれない。誰も当て馬ではなく、脇役でもなく、そして恋人でもないのだ。上手く云えないのだけど、こんな関係性の話を読むことが出来るなんて幸せだなぁと心から思ったのだ。
ヒラ君との最後の夜が明けた朝、黙ってヒラ君が帰ってしまったにも関わらず、貴志はパニックを起こさなかった。ささやかなコマだけど確実に彼のトラウマは回復に向かっているのがわかる明るい場面だ。その後彼ら(貴志&輝orヒラ君)がどうなるのかはわからない。「(輝が)大きくならないとわからないよ」と呟く貴志だが、もう揺らぐことはないように思える。では、貴志はヒラ君の手を取っただろうか。驚き照れた笑顔を浮かべるヒラ君を見て、そうであるといいなと願いつつ本を閉じた。
最初の話を読んだときはヒラ君があまりに可哀相で、どうしてこんな惨めな子をと不思議に思ったのだ。かといって、貴志の母親が残した絵本を読む輝には家族としての情以外があるとは思えずに戸惑った。どこに着地するのかわからずにずっとフワフワしていた。だけど読了後にはきちんと幸福の場所にストンとおろしてくれる。それがさも当たり前であるかのように。私が思う明治漫画の魅力が凝縮された作品だ。大好き。


前々から感じていたのだが、私が愛する明治作品は、おそらく明治さんが「読みたい話」から遠いタイプの作品なのだろう。私が思う以上に明治作品の本質は明るい。キラキラして眩しいぐらいに明るい。過激な性描写は恋人同士のセックスをみっともなく、でもこれ以上ないぐらい幸福に見せてくれる。性行為はただの(でも重要な)コミュニケーションなのだと思い知らされる。その明るさが表に出ているか、底に沈んでいるかの違いなのだ。
大した違いではない。明治さん、大好きです。



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「夜明けには好きと言って」「真夜中に降る光」砂原糖子

夜明けには好きと言って (幻冬舎ルチル文庫)夜明けには好きと言って (幻冬舎ルチル文庫)
(2005/09/15)
砂原 糖子

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白坂一葉は、交通事故に遭ったのをきっかけに顔を整形、名前も変え別の人間として生きることに。ホストクラブで働き始めた一葉は、同級生だった黒石篤成と再会。かつて一葉は黒石に告白され、夏の間付き合っていたのだ。同僚となった黒石は、一葉に好きだと告白する。つらい過去を思い出しながらも再び黒石に惹かれていく一葉は…。

以前興味があって「醜形恐怖」という神経症について調べたことがある。
今作の主人公白坂はまさにそれ、容姿への過剰なコンプレックスに苦しんでいる男。
作中で詳しく言及されることはないが、醜形恐怖を抱える人たちの中には容姿が優れている人が少なくないらしい。プラスの要因で注目を集めているにも関わらず、自分の顔が“変”だから周囲の視線を受けるのだという被害妄想が働いてしまうとか。え~と、誰でも少なからず持っている悩みだとは思うのですが、だからこそ身につまされて前半は読むのがとても辛かった。容姿への評価って他者が下す限りは相対的なものなんだよね。だから絶対的な自信があればいいけど、大抵は傷付いたり揺らいだりしてしまうものだと思う。それが親からの言葉だとしたら、その傷はどんなに深いものになるか。『イグアナの娘』や『愛すべき娘たち』でも描かれてきたことだけど、容姿へのコンプレックスが人生のすべてになると云っても過言ではないと思うんだ。余談だけど、私も昔同級生(中学時代だ)に云われた言葉とか未だに思い出してガーッとなる時がある(笑)コンプレックスが厄介なのは、他人が根っこからの救済手段にはならない所だと思うんだよね。“自分が”大丈夫だと思わないと前に進めない。
白坂は事故を機会に整形手術を施し生まれ変わる。容姿のコンプレックスからくる卑屈さに悩んでいた彼は、新しい顔を手に入れて意気揚々と生きるのかというと、まったくそうではないんだよね。
読みながら、果たして彼はどちらの顔を選択するのかしらんと考えていた。
ネタバレは避けるとして、うううん、そこはやっぱり砂原さんだよね。見事にやられたわ(単純だな、私)
たぶん、白坂は完全に“大丈夫”にはなっていない。それでも大きく前に進めたことに違いはないのだ。
トラウマの克服。なんとも砂原さんらしい題材だと読了して思った。
面白かったのだが、内容的には少々腑に落ちない部分があった。生真面目な白坂が別人に成り済ますくだりや、何よりも彼ら二人がホストであるという設定に終始馴染むことが出来なかった、かな。恋愛部分よりもトラウマ部分に比重が傾いているからか黒石の存在感が薄かったのが残念。とはいえ数回ある濡れ場は満足でした(笑)


真夜中に降る光 (幻冬舎ルチル文庫)真夜中に降る光 (幻冬舎ルチル文庫)
(2006/05/16)
砂原 糖子

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喧嘩したホストの金崎新二を介抱してくれた津久井康文は、穏やかな男だった。ゲイだと聞き、なぜか強引に新二は津久井とセックスをした。「金のためだ」と金を貰いながらも、すっきりはしない。体の関係を重ねながら、時々痛いものを見るような眼差しで、津久井は新二を見つめる。津久井への、胸の苦しくなるこの感情は一体何なのか…?苛立つ新二は。

こちらは「夜明け」で中学時代の白坂をホモと揶揄し苛めていた金崎が主人公。
荒んだ家庭に育った金崎は、同じように“問題がある”とされる家に育った白坂に親近感を抱いていたのだ。だが、白坂はコンプレックス故に人の顔をまともに見ることが出来ない。白坂に無視をされたと誤解した金崎は彼を苛めるようになる。成長した彼らは歌舞伎町で再会を果たすが、白坂の隣には黒石がいた。中学時代に自分の些細な言葉がきっかけで親しくなった二人が大人になっても男同士で愛を育んでいる。自分の悪意から生じた関係が思いもよらないモノになったことに金崎は激しい苛立ちを覚える。
とにかく金崎が抱える白坂へのコンプレックスと彼らの関係が面白かった。金崎はきっと白坂が抱えていたコンプレックスを知ることはないだろう。それは白坂も然り。彼らが歩み寄る必要は話のどこにも示されていないのだ。知らない間に影響を与えて、思いもよらぬ理由で関係をして、そして各々の幸福への道へと前進する。ラスト、金崎は二人の前に姿を見せないことを選ぶ。本当は白坂に謝罪したかったかもしれない。何か話すことがあったかもしれない。でもそれは金崎が考えた最大の配慮であり“優しさ”なんだよね。その選択はとても正しいと思う。砂原さんは対になる続編を作るのが上手いなぁとしみじみ思ってしまった。
で、恋愛面というか攻めの津久井なのだが・・・こちらもどうも存在感が薄かった。う~ん、彼の過剰なまでのお人好しの理由がちょっと甘いというか、金崎と白坂が抱えているものに比してリアリティが感じられなくて入り込めなかった。後は個人的に“インテリ眼鏡攻め”という記号が苦手というのもあるかな。ままま、金崎がピアスだらけという設定や“チンピラ受け”という部分では十分に私の萌えを満たしてくれました♪ただ欲を云えば、ロクデナシにはもうちょい恋愛面で(勘違いではなく)右往左往して欲しかったな。


2作一気にサラッと読んでしまった印象だけど、トラウマの物語を恋愛小説として描くことって、実はすごく難しいのではないかと思い至った。直前まで菅野さん祭りだったせいもあるのかもしれないが、他人が他人の人生を救済するというのは容易なことではないんだよね(救済が大袈裟なら、救済される過程に関わることと云ってもいいかな)手助けをする人、背中を押す人、見守る人、という役割で一方の相手が登場したときに、限られた頁数で“克服と成就”を達成するのはかなりの力量が必要なのだと思った。
とまぁ多少の難は付けましたが面白いことに変わりはなかったです。さすが砂原さん!





「恐怖のダーリン」菅野彰

恐怖のダーリン (新書館ディアプラス文庫)恐怖のダーリン (新書館ディアプラス文庫)
(2000/06)
菅野 彰

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きれいで、そして変わり者で有名だった高瀬兄弟の兄・偲が死んだ。残された弟・恵のことを以前から気にしていた亨は、どこかに感情を置き忘れてきたかのような彼を放っておけず、面倒を見る羽目に。雪の中、偲を呼び戻そうとしたのがいけなかったのかもしれない。でもまさか、ほんとに帰ってくるなんて、二人とも思わなかった。まして、死者に恋路を邪魔されるなんて…。スウィート・ホラー・ラブ・ストーリー。

センシティブ云々とか色々考えることを勝手に課題としている「菅野さん祭り」ですが、これはコメディとシリアスが上手い具合に合わさったとても面白い作品でした!そして今まで読んだ中でも一番BLからは遠い話かな。愛はあるけど「性愛」の匂いがまったくしない。そういった欲望が排除されているというわけではないのだが、彼らにはセックスよりも先に話すべきことが山のようにあって、で、気がつけば老夫婦のようになっていそう(笑)

偲はなぜ恵を溺愛したのか。常に側で弟を守り彼を傷付けるものを何人たりとも許さなかった偲の愛し方は、肉親の情としては度が過ぎる程で(実際、偲は下心含みで恵を愛していると云う)結果的に恵は兄以外の人間とまともなコミュニケーションを取ることが出来ないまま成人してしまう。それは周囲の人間からすれば明らかに間違った光景であるのだけど、兄弟のどちらもそれで納得をして幸福そうなので、誰も高瀬兄弟には近づこうとしなかった。でもある日突然偲は死んでしまった。
誰も近づこうとしない高瀬兄弟を亨も同じように遠巻きに眺めている一人だったが、彼は恵に気持ちがあり、兄がいなくなって何も出来ない恵の面倒を見ることになる。亨は私の好きな「世話焼き苦労性兄貴」のようでいて、少し違う。いや、亨の性格設定的には違わないのだけど、恵の想いはどこまでも死んだ兄の偲へ向かっているのだ。恋愛感情以前も超以前「他人だな」と恵が認識しているだけでもマシという二人の関係は、まったくのゼロから始まるのだ。

最初からある愛の謎は偲から恵に向かうものなのだ。亨は主人公でありながら脇役のようでもある。二人の関係を取り持ち、互いが最良の未来へ歩を進められるように促す名脇役だ。「なぜ偲が自分を愛してくれたのかわからない」と泣く恵の為に、亨は偲を生き返らせる儀式を行う(コメディですよ!)。そして偲は帰ってくるのだが、まぁ普通にゾンビなんだよね(笑)偲は自分の愛し方が恵にとって良いことばかりではなかったことも重々承知しているし、恵が何も出来ないのは自分の溺愛が原因だとわかっている。でも決して悪びれる様子はない。他人がどう思おうと、その方法が自分と恵にとって必要だという固い信念があるからだ。

偲は強烈なファザーコンプレックスを持っていて、父親を憎むことで生きていたような所がある。
愛することを知らなかった父親の代わりに、彼は恵にありったけの愛情を注ぐことを決めるのだ。それは、父親と同じような人間になっていく恐怖に抗う為に選択した彼なりの戦い方だった。自分のすべてに父親の影を感じて生きていた偲には「恵を愛すること」だけが、唯一の支えでもあったのだ。恵は望まれない子供で、父親にとってはどこまでも「施しを与えるべき子供」だった。愛情と同情の違いを恵は感じたのだろうか。恵は他者から「愛される」という感覚を失ったまま成長する。だったら自分が与えようと偲が決意することに、その愛情のかけ方の正否を周囲が判断することは出来ないと思うのだ。ただ、偲は常に不安を持っていた。それは自分の愛が真似事かもしれないという不安だ。

帰ってきたものの死者は死者。偲が振りまく災厄は近くに居る恵と亨に及ぶようになる。本当の別れが近付いていると察した偲は、最後に自分が死んだ朝に起きたことを告白するのだ。最初の動機は不純でも偲が「愛そう」という強い意思の元で恵を愛した事実には何の嘘もない。「幸せだったよ」と云う偲の言葉には本当にもう後悔はないのだろう。
偲が生きていれば、恵はやはり以前と変わらない庇護の元に赤ん坊のような精神のまま成長を止めていたかもしれない。そしていつか偲が死んだとき、今のように亨がいなければ、遅かれ早かれ偲の後を追ったかもしれない。でも、それでも偲の死は惜しまれるものなのだ。誰も望むことがなかった唐突な死は悲しい。悲しいなんて言葉じゃ足りないぐらい本当に悲しい。何を当然のことをと笑われそうだが、心からそう感じた。

死の物語の近くには生の物語を。榎田さんの「魚住くん」を読んだときも感じたが、バランスだとか綺麗事だとかではなくて、死と生は一緒に語られるべき題材なのだと思う。後半の生の物語があるから偲の死はやはりとてもとても悲しく残念なことなんだと認識出来る。生きていれば良かったのに、と誰もが思う死者への悼みだ。
恵は生まれたての赤ん坊が成長するかのように新しい感情を少しづつだが覚えている。彼らはこれからもたくさん対話をして生きていくのだ。偲と亨が精一杯注いだ愛情を恵が他者に返せる日はきっと近い。

良い本を読みました。

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「満天星」神江真凪

満天星 (二見シャレード文庫)満天星 (二見シャレード文庫)
(2008/09/22)
神江 真凪

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図書室司書として働く天涯孤独な江上喬には、ずっと心の支えにしてきた小説があった。その著者である君塚映司を、そうとは知らずに年上の友人として慕っていた喬は、ある夜、酔ったはずみで彼に抱かれてしまう。「初めて会ったときから、どんなことをしてもほしいと思った」―戸惑う喬に、これまでにない強引さで脅すようにつき合うことを強要してくる君塚。やがて彼の真摯な優しさに身も心も惹かれるようになる喬だが、君塚の執着の秘密を知り―。

誰かのそばにいる理由 「似てる」からなんてのは、 一番つまんねーよ。 「異星人交差点」藍川さとる

「身代わり」の物語に遭遇すると大好きな漫画の台詞が思い浮かぶ。
主人公の少年に長いこと執着を続けていた幼馴染み(♀)が、進学を機に出会った少女に熱を上げる。その理由を少年と少女は出会った瞬間、互いの顔を見て理解する。その場面のモノローグだ。物語はその後も続くのに、なぜかこの台詞だけが強烈に残っていた。

***

他作品の引用から失礼しました。
いきなり核心に触れますが、亡くなった恋人の「声」に似ているからと、君塚は喬を脅迫めいたやり方でムリヤリ恋人にするのですね。その目的も手段も当然納得の出来るものではないけれど、果たして「似ているから」という理由で人を好きになるのは正当ではないのだろうか。誰かを好きになるときの第一印象って「~みたい」という(二次でも三次でも)ある種の理想像と擦り合わせを行っている部分があるのではないかな。そう考えると、キィッと目くじら立てるような問題ではないような気がしなくもない。まぁ、君塚のようにキッパリハッキリ「最初は声だけが目的だった」と言い切る男は本当どうかと思うけど(笑)

負い目がある君塚は、喬にも自分と同じ場所まで降りてきてもらおうとする。自分が喬の敬愛する作家、「塚原映一」であるという切り札を武器に「小説家としての自分」を好きにならせようとする。でも喬は君塚と塚原を混同はしない。無意識にではなく、強い意志を持って「失礼だから」しないと言い切る。君塚にとっては元々フェアじゃない関係を、喬は持って生まれた性質で益々君塚にとってフェアじゃなくしていく。くすぐったくなる様なやり取りを経て、真っ直ぐに健気に生きる喬の姿に君塚の心が動かされていくのも自然の流れというわけですね。「MOON DIVE」でも思ったけど、神江さんは日常の切り取り方が上手だ。どんなに華やかな(ドラマ的という意味で)舞台装置を用意しても、地に足が着いているというか…過度にロマンチックにならない。
ちょっと余談ですが、個人的萌えシチュエーションに「玄関になだれ込んでそのまま―」というのがありまして、二人の盛り上がりが最高潮に達したホテル場面は大変美味しかったです。

自分が身代わりにされていたと知った喬は君塚と距離を置こうとする。始まりとその後の経緯を冷静に見つめることが出来ない。君塚がそばにいる理由は「似ているから」という始めの動機からとっくに姿を変えていたのだが、何もかもが初めてだった喬にはわからない。そんな状態の喬に君塚が送ったのがラブレターという名の新作小説だった。最後の最後で小説家「塚原映一」が君塚の武器になったわけですね。
君塚はとても恵まれた才能を持っているようで、亡くなった恋人との交換日記のような小説が大ベストセラーになってしまったという過去を持つ。小説家を続けたいわけでもなく、小説家という職業に自負を持っているわけでもなく、昔も現在も小説は、彼と恋人を繋ぐ道具でしかなかったのが面白い。現実にもそういった特定個人に宛てられた創作物が世に出て大ヒットを飛ばすという現象はある(闘病中の家族に宛てた手紙や日記とかね)。だから小説によって喬の心を手に入れた君塚は、たぶん、もう小説を書けないのではないかなぁ。意外に器用そうな男なので何でも出来そうだし、彼の存在意義が小説家なのは友人の担当編集者神崎君ぐらいかもしれない。長い間亡くなった恋人との記憶に遊んでいた彼がこの先どう生きていくかわからないけど、そこまでは興味関心の外かな~。イチ本読みとして「from」を想定されて書かれた物語が好きではないので塚原の小説にも興味はないし、と最後に辛いこと云っちゃう。そして、神江さんの描く攻めは結構なダメンズだと思うのだが、どうだろう。偶々2作続いただけかもしれないが、「カッコイイ」が度外視されているというか、受けにとっては素敵な男かもしれないが、客観的に見ると眉間に皺が寄ってしまった。面白いのは神江さん自身が攻めをそんなにダメとは思っていない(興味がない?)気がするところかな。受けを傷つけた攻めへの償いを作中で用意しないんだよね。君塚が土下座して許しを乞うぐらいしてくれたら、カタルシスも得られてもうちょっとスッキリしたと思うなぁ。ままま、喬が幸福そうなので良しとします!

***

「似ているから」というのは切っ掛けに過ぎない。
肝心なのはそこから先で、そんなことは冒頭の漫画でも描かれているのに忘れかけていた。

真理亜は今はああやって私のそばにいるがな 私は一度奴に嫌われている
私がお前とは違う人間だったからだ
真理亜の中の「和希」という理想像から 私の性格がほど遠かったからだ
――だが今また真理亜は私のそばにいる
それはな 私という人格に気付いたからだ
真理亜にとって お前が私に似てたんじゃあないだろう?
私がお前に似てたんだ
お前がきっかけなんだよ


とまぁ、「満天星」は図らずも私がとても大切にしている漫画のセットで記憶すべき台詞を思い出させてくれたわけです(長いけど)。そんな理由で感謝されるのも違うだろうけど、それがとても嬉しかったのでした。

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「言ノ葉ノ世界」砂原糖子

言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)
(2010/06/10)
砂原 糖子

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生まれつき人の心の声が聞ける仮原は、それを利用してずる賢く生きてきた。ある日、車と接触してケガをする。その車に乗っていたのが大学准教授の藤野だった。仮原が初めて出会った心の声と口で発する言葉が全く同じ人間。まるで輪唱のように響く藤野の“声”と言葉を心地よく感じ、そんな自分に苛立った仮原は、藤野がゲイであると知り、偽りで彼に「好きだ」と告げるが…。名作「言ノ葉ノ花」スピンオフ登場。

前作「言ノ葉ノ花」の感想はこちら
初端から盛大にネタバレ注意です。

*****

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「MOON DIVE」神江真凪

MOON DIVE ムーン ダイブ (二見シャレード文庫 か 6-4)MOON DIVE ムーン ダイブ (二見シャレード文庫 か 6-4)
(2009/05/22)
神江 真凪

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まるで、本当に恋をしているようだ―人魚の息子として生まれ、満月の夜に女の体になってしまう秘密を抱える司波。人並み外れて優れた容姿と優等生の仮面で他人を欺き、それを誰にも悟らせずに生きてきた―ただ一人、高校時代の同級生・榊淳行を除いては…。ある夜、榊と再会した司波は、女の姿で彼の気を惹くゲームを思いつく。だが榊が男しか愛せないと知るや、自分でも制御不能な欲望に突き動かされ、彼を無理やり抱いてしまい…。

今月はブログを書きたい熱が高まっていましてですね、とりあえず読んだ本は短くても感想を残してみようかなーと思っています(読書メーターは1日で脱落したダメ人間)。以前から気になっていたこちらの作品。攻めが「人魚」という設定だけは知っていたのですが、先日機会があり手に取りました。神江さんは初読み。余談ですが読み始めた日に同著者の「満天星」をおススメされてちょっと御縁を感じております。そして書き始めたら長くなりました…はは。

冒頭から「なぜ人魚?」という疑問が常に付き纏う話ではあった。後書によると「女装攻め」という設定を生み出す為に生まれたのが人魚だったということで、それはそれで面白い観点だし、異世界ファンタジーが苦手な私でも現実を舞台にしたファンタジック設定は楽しめる。ただ、司波のお世辞にも良いとは云えない、悪い、悪すぎると云っても過言ではない性格の理由が「=人魚だから」という描かれ方をされていなかったので気になってしまった。同族ではないから(人間が嫌いだから)、男も女も遊んでポイ捨てしても罪悪感の欠片も無しというなら頷けなくはないのだが……人間の男を手玉に取って暇つぶしする様は、単なる性格悪い奴。いつか痛い目見るだろうなと思っていたら、終盤で女の子に仕返しされるわけだけど。う~ん、これなら優等生で外面が良くて他人のこと見下している子金持ちのエリート坊ちゃん(でも女装癖有)で十分だったのでは?と思いつつ読んでしまった。その点では諸々残念な話ではあったのだが、それでも主張したいのは、前半の面白さと受けの榊が私好みのツンデレだったということなのよ!

イジメッコ×ツンデレという、コミュニケーションの取り方が下手くそ同士の恋愛話としては、そこそこ面白かったと思うのだ。榊が大変好みの受けだったことでちょっと甘めの意見かもしれないが、本当にそう思う。司波は榊のことを繰り返し「懐かない野良猫」と表しているが、警戒心だらけで容易に心を開かず、口を開けば出てくるのは毒舌ばかり。性癖を理由に家族と揉めて家を出る以前から学歴コンプレックスがあり鬱屈したものを抱えている。そして喧嘩っ早い。えーと、可愛い!!としか云えない私の好みは置いておいて(あれ?ダメかな?)、とにかく榊はそんな男です。
二人の接点は高校時代の同級生だから「再会物」でもあるわけで、高校時代から外面のいい優等生をやっていた司波の本性を指摘したのが、他ならぬ榊だったのですね。誰も気が付くことのなかった本性を言い当てられたことを不快に思っていた司波は、偶然再会した榊を女体化して遊んで捨てようと思いつき画策を巡らす。ほら、ここでも司波の重要事項って「性格を言い当てられたこと」なんだよね。人魚は関係ないの。う~ん、残念…。一度も会話を交わしたことがなかった榊がなぜ一度の接触で司波に暴言を吐いたのか。最初は何も匂わせないどころか、本当に迷惑がっていそうな榊の本音がだんだん見えてくる様は読んでいて楽しめた。まさに野良猫が餌付けをされて徐々に懐柔されていく感じ。

作者が書きたかったと云っていた「女装攻め」の描写だが、やっぱりここでも引っ掛かるのは司波なんだよね。ムリヤリ抱いてしまったというけれど、この男、本当にムリヤリ抱くんだよ。そんな話BLでは溢れているが、司波は「恋やら愛やら」をはっきりとは自覚していない状態で、ほぼ興味本位で酔った榊を抱くのよね。それまでが会話と食事とメールだけで成り立つ割とセンチ系の雰囲気だったので、読んでいる私の覚悟も出来ていなかった。榊側には気持ちがあったから良かったものの、それすらも司波は知らない状態で抱くわけだから、本気で失礼千万な奴だと思うよ。公園での不測のカミングアウトや元彼らしき男の下劣さも、榊の可哀相さを引き立てていて良かったのだけどなぁ。野良猫榊のことだから、これはいくらなんでもアウトだろうと思ったらなぜかそのまま甘めの監禁話になってしまって、この時点で「人魚設定は…」と考えるのをやめました(笑)。榊は言葉が足りない男だから、司波は決定的な言葉を本人から聞くまで榊の恋情に気が付かないんだよね。それでようやく「榊の恋を自分が踏みにじっていた」となるわけだ。
好きだからすべてを許していた榊の純情に司波は甘え過ぎだ!と憤りすら覚えるようなラストなのだが、ここでやっと「人魚だから仕方ないのよ」と云う免罪符として彼を認める気持ちになりました。榊よ、私は親友の山川君の方がいいと思うぞ。

重ねて云うけど、あまりにも榊が好みの受けだったので物語への期待も大きくなってしまったのだと思う。
とまあ辛目な感想を抱いた今作ですが、神江さんの文体や雰囲気はむしろ好きです。他の作品に期待!


「愛がなければやってられない」菅野彰

愛がなければやってられない (新書館ディアプラス文庫)愛がなければやってられない (新書館ディアプラス文庫)
(1999/04)
菅野 彰

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超人気漫画家・安藤由也を育て上げた敏腕編集者の志賀耕介。二人は再従兄弟同士で、そうとは知らずに実は互いに恋しあっていて……。生活能力0の由也と、日々原稿を取ることに血道をあげている耕介。そんなふたりの間に「愛」は生まれるのか!?表題作ほか、続篇「もっと愛がなければやってられない」、書き下ろし「さらに愛がなければやってられない」を収録した、コミカル・ラブストーリー!!

有言実行ということで菅野さんの未読作品です。
10年以上前、まだ晴天シリーズにも出会っていない頃に刊行されたのですね。どこかで聞いたような設定の主人公達だけど、菅野作品は結局のところ「繰り返し」の物語ではないかと思うのです。書かなければ、と作家が思っている関係性が絞られている。その狭さとはイコール作家の技量の低さというわけではなくて、例えば樹生さんの受けと攻めの関係性の類似や、長野作品で兄と弟の執着愛が繰り返し描かれてきたのと同じこと。何でも書ける作家さんも素晴らしいけど、個人的には「これしか書けません」と頑なさを貫く作家さんの方が好きだったりします。
しかし、今作は菅野さんにしてはBLらしい話!
おまけにエロがしっかり入ってる!(あくまで菅野さん基準です)
そして関係ないけど主役二人の名前が普通だ!←実はこれが一番驚いた(笑)

「愛がなければやってられない」
ダメ作家と敏腕編集といえば晴天以外でも割とよく見かけるCPだけど、今作で特筆すべきは由也の生み出す作品が誰の為のものなのかという点。創作をする切っ掛けというのは当然人夫々だけど、最初に耕介という「読者ありき」だった由也は、ドル箱作家になった現在も耕介の為にと漫画を描き続けている。しかし、幼い頃は純粋に「作品」を求めていた耕介が、月日が経って大人になった今は「看板作家として」作品を求めていることに由也は気が付いてもいる。自分と耕介の関係が望むものではなくなってきている落胆と、耕介の担当移動、結婚の話などが重なり逃げ出してしまう由也。
創作をするという点では子供の頃から情緒がまったく成長していない節がある由也を、耕介はずっと面倒を見ているのだが、耕介は仕事を通じての由也しか長いこと見ようとしていなかった。それは私情を挟めば認めたくない恋愛感情に支配されるのを耕介はずっと前から気が付いているからに他ならない。だから耕介には由也がいつまで経っても子供のままに見えるのだ。大人になった筈の由也を見ていない、見ようとしていない。オラオラ口調で俺様の耕介が苦手な方もいるかもしれないが、しつこく云っているように私は「世話焼き苦労性兄貴」が大好きなので耕介は大変美味しいキャラクタでございました♪元々想いあっている二人のドタバタラブコメなので展開もわかっているのだけど、久々の菅野コメディ堪能しました。

「もっと愛がなければやってられない」
子供だと思っていた由也(ちなみに年齢は由也の方が2つ上)に男の恋人が居たことを知り衝撃を隠せない耕介。最中にも積極的になられては昔の男が思い浮かんで凹むという理由から由也には何もさせないという逆ヘタレっぷり。いかに自分が由也と向かい合うことを避けていたのかを思い知らされうな垂れるのだけど、結局核心には触れることが出来ないままグルグルする耕介。おまけに由也の将来を心配した彼の兄が上京して由也の恋愛事情に言及する事態に。幼い頃から男らしくなく、女の子と遊ぶことを好んだ由也のセクシャリティを家族は薄々気が付いていて、それでも彼が「幸せならば」と云うのだ。しかし耕介は元彼との事情を兄から聞いてしまい、ますます自分が由也を幸せにしているのか自信がなくなっていく。元彼の正体には驚いたけど、なるほど伏線は十分にあった。しかし狭い世界でアレコレやっていたのに気が付かなかった耕介の鈍さが笑えます。元彼と家族の茶々(良い意味で)が入りつつ、雨降って地固まる的な後日談。

「さらに愛がなければやってられない」
書き下ろしはまさかの由也と元彼の逃避行。
まさに「愛がなければ」とっくに堪忍袋の緒が切れて、ついでに血管も切れて憤死していそうな耕介の苦労が偲ばれる話。昔からずっと近くに居たお互いへの「過信」が改めて表出して一歩前進、対話をしようと気が付く話でもあるかな。元彼が出張ってくるのは個人的にあまり好きではないのだけど、そして元彼の逃避理由の顛末もモゴモゴなのですが、傍からみれば単なるバカップルの二人が愛おしかった。


この二人はこれから先もずっと一緒に居るんだろうな。何の疑いもなくそう思えるのは、菅野さんの小説を読むと「人間関係→恋愛関係→人間関係」という構図が浮かぶからだと思う。恋愛をする以前にも以降にも彼らの間には変わらない関係性があって、それも含めて責任持つよと云っているような(うぅ、わかりにくい)。自分と他者を隔てる垣根の飛び越え方のスケールが大きいの。それはコメディでもシリアスでも同じなんだよね。良い本を読みました。面白かった!

「17才」菅野彰

17才 (ディアプラス文庫)17才 (ディアプラス文庫)
(1999/08)
菅野 彰

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八隅は夏の到来とともに、高校生活のすべてをかけてきた陸上部を引退した。陸上で大学推薦を決めて、走り続けているのは司馬だけ。ありあまる才能を持ち、傲慢なほど奔放な司馬だが、八隅との恋に苛ついている。何度体をつなげても、届かないものがあるようで…。そして二人は、夏の終わりの海を目指す―。湘南を舞台に描く、センシティブな二つの恋の物語「17才」と「向こうの縮れた亜鉛の雲へ」を収録。

恋愛小説は私にとって他人事である。小説のように相手を強く想い慈しむことが出来れば、それはとても素敵だし幸せなことだと思うのだが現実を省みてみれば…まぁ、とにかく他人事なのである。だから過剰な感情移入をせずに楽しむことが出来るのだ。
だけど菅野さんの「17才」「亜鉛の雲」は、私に他人事だという俯瞰した立場を許さない小説だった。
過去のどんな場面を探しても、私には彼らのようなやり方で他人と関わった経験はないし、きっとこの先もないと思う。それは彼らの関わり方が理想的では決してないからだ。むしろ御免だとさえ思っている。と同時に、どこかで憧れに似た気持ちを抱いているのだ。自分には絶対に出来ないしやりたくもない。でも、魅せられる。もしかしたら自分は、そういった関わりを持つ機会を逸して今に至っているのではないかという不安にも近いような。とにかく彼らの関係の圧倒的な「何か」が私を惹きつけてやまなかった。「晴天」の大河と秀の関係に畏怖のような憧れを抱くのと根っこではすべて繋がっているのかもしれないな。これは普段読んでいるBLとは一線を画す小説だ。一般書を読んで感情を揺さぶられるのと近い感覚というか、描かれているのは確かに「恋愛」なのだけど、2作品とも恋愛以前の各々の問題がテーマになっている。

ところで以下は呟き上で「センシティブとは何か?」という話題になった時にスッと出てきた言葉なのだけど、自分のことだから当然なのだが、結構的確に思うところを表現出来たのではないかと思っている。

私の傾向としては「抑えた(静かな)語り口」で「他に語り方がなく(ファンタジー、コメディ、お仕事etc)」登場人物が、相手との恋愛以前の「自分の問題(内省的)」で、相手との関係に支障をきたしつつ、克服をしたり成長したり諦めたり(?)する心の変遷にテーマを絞った話に思う事が多いかな。
そして「17才」は紛れもなくセンシティブな話だった。

「17才」
普段高校生物を好んでは読まないが「逃避行」には思い入れがある。必ず終着点のある逃避行というのが好きなのだ。
彼らは永遠がないと思っている。永遠は「死」という形でしか得られないと思っている。それは彼らが高校生という不自由な時間を生きる子供だからだ。相手に過剰な期待を寄せる為の保険も持たず、期待に添えるだけの確固とした答えも持たず。八隅は自分が司馬と同じだけの重さで気持ちを返すことが出来ないのを知っているし、司馬も八隅の気持ちが自分の重さとは質が異なることを知っている。互いを想う心に偽りはないのに、彼らの間には歴然とした温度差がある。
同じ重さで返すことが出来ないから八隅は司馬の心中に付き合おうとしていたのだ。
他に証明する手段を持たないから、彼が欲しがるものすべて渡してしまおうと。
「高校生だから」「まだ若いから」そんな言葉で彼らを括ってしまうのはとても失礼なことかもしれないが、他者に対して何一つ直截的な保証や約束を与えることが出来ない彼らの姿は、私が思うところの正しい「高校生物」なのだ。彼らの未来は見えない。あまりにも切ない関わり方をしている17才という瞬間だけが存在するかのように。だけど見えない分、どうにでも切り開いていけるのだという心強さがあるのも本当だ。私は二人の未来は「大丈夫」だと信じている。

「向こうの縮れた亜鉛の雲へ」
「17才」でちらっと出てきた八隅と司馬の先輩である弓田英一が主人公。
事故に合い陸上選手生命を断たれた英一と、女生徒と問題を起こして教師を辞した遠縁にあたる徭の物語。
徭のやっていることは情の押し売りである。後書で菅野さんが仰るように、徭なる人物は晴天の「秀」にとてもよく似ている。情を必要とする人間を嗅ぎ当て、無償とも云える真摯さで与え、自分は何も求めない。そうやって相手の懐にいきなり飛び込む(飛びこませるのではない)のは、彼自身が情を必要としているからに他ならない。情を与えられた相手の「渇え」はいつか癒える時がくる。その時相手は初めて気が付くのだ。求め方を知らない恋人の空虚さと、「問題がなくなった自分は彼にとってはもう必要がない存在なのではないか」という事実に。それはあまりにも残酷な関係だ。
終盤、年若い英一が「抱かないよ」と宣言することの困難さは置いておいて、その結論に打たれた。まるで「晴天」で熱を持たない秀の身体を抱くことを拒絶した大河のようだ。その結論は徭にとってみれば難しい宿題を与えられたようなものかもしれない。彼らの先にある関係は、もしかしたら「恋人」ではないかもしれない。だけど、正しいかはわからなくても、一人の人間と出会い、その人間の根っこにある問題をどうにかする為に、自分を含めた関係を再構築しようとする英一の姿に感動した。彼らはこれから新たな関係を始めるのだ。


自分と他者の間には分り合えない遠さがある。近づいたり駆け寄って飛び越えようとしたり、ひとつ越えてもまた違う問題が出てきたり。それでも関係を持とうと足掻く登場人物の不器用さと真摯さが好きだ。彼らが懸命になるのはもちろん「恋愛」に寄るのだけど、それだけではない必死さを感じて眩しくなる。
菅野さんの描く関係性は、恋愛関係というよりも人間関係なのではないかな。
だから私はやっぱり菅野さんの小説に憧れているのだ。



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漫画まとめて感想

1円の男 (花音コミックス)1円の男 (花音コミックス)
(2010/05/29)
モンデン アキコ

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発売前から楽しみにしていたモンデンさんのBLデビューコミック。実はレディコミのもんでん作品を読んだのは、昨年の「女衒夜話」が初めてだった。髭面男の色っぽさが好みド真ん中だったこともあり、表題作の攻め(表紙の黒髪)ももちろん好みド真ん中。おまけに職業が探偵とくれば、とってもとっても私の好みの筈なのだ。う~ん、肝心の恋愛部分が・・・仕方がないのかなぁと思いつつもちょっとテンプレ気味なんだよね。だから話の感想が書けない。モンデンさんの絵柄で涙を浮かべる甘い受けを描かれると、途端にリアルさが減ってしまうというか。綱渡りの「ニア感」を心のどこかで期待していたのかも知れないな。濡れ場の多さを意外に感じたぐらいですからね。一番好きなのは最後の「放蕩と無頼」!ヤクザ若頭と跡目の帰還劇。木島の上目遣いの獰猛さにゾクゾクした。遊び人の坊がバージンを守っていたという健気さにもキュンとなりました。ちょっと辛いこと書きましたが、これから「モンデンさんのBL」が出来てくるのだと思う。今後も追いかけていきたいと思います♪(ん?これっきりではないよね??)

青い傷と毒のリンゴと (バーズコミックス リンクスコレクション)青い傷と毒のリンゴと (バーズコミックス リンクスコレクション)
(2010/05/24)
九重 シャム

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シャムさんが好きな関係性は、たぶん私の好きなソレとは方向が違うのだろうなと思うのだ。
南国への訪問者である青年×土地の子供という関係や、お金持ちのパトロン×浮浪児、先生×生徒の話などね。にも関わらず、なぜか好きなのは、単純に絵柄が好みのせいもあるのだけど、受けの子たちがふとした瞬間に見せる「揺るぎの無さ」に惹かれるのではないかなと思った。前作の「地獄めぐり」もそうだけど、話を動かすのは受け側なんだよね。選択権があるのは受け側といえばいいのかな?というわけで、一番大きく受けが動いた「ガラスの靴と暗い海と」がお気に入りです。あとシャムさんが小説の挿絵をするなら迷わず買う。水彩画風の表紙が本当に綺麗。

ぎこちないけど愛だろう (バンブー・コミックス 麗人セレクション)ぎこちないけど愛だろう (バンブー・コミックス 麗人セレクション)
(2010/05/27)
深井 結己

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麗人本誌でとびとびで読んでいた表題作。私は深井漫画があまり好きではない。理由は時々によって違うのだけど、全体的に深井さんの描く人々の「愛の重さ」のようなものに共感が出来ないのだと思う。その湿っぽさが息苦しいのよね。しかし今作はとても良かった。表題作は通称「東京タワー・トリロジー」と呼ばれていたそうだが、一昔前(って何時だか謎だけど)の上質なテレビドラマみたい。東京タワーというある意味使い古されたモチーフを持ってくるところにも、どこか懐かしい感じがした。そう、彼らの紡ぐ関係自体がノスタルジックなんだよね。携帯やメールもあるにはあるけど、意中の人は喫茶店のマスターで、主人公は「足を運ぶか運ばないか」で悩み一喜一憂する。身体を重ねて想いも通じている筈なのに、決定的な言葉がないからお互い疑心暗鬼に陥って。久々にじっくり愛の物語を読んだなぁと感動しました。で、しかも今作は表題以外も面白かった!!「正直スイッチ」という乳首責め短編コメディがとても好き!SM描写有のハード系「赤い糸、絡まれ」も、これ1本で読んだら苦手な話だけど全体的に見るとバランスが取れていて楽しめた。そして最後の「あいのともしび」は、展開もオチもわかっているのだけどジーンとくるんだな。台詞の応酬だけで進む話をここまで魅せることが出来るのはさすが深井さんといった感じ!合間にあるオマケ漫画も面白かったです。

Chara Selection (キャラ セレクション) 2010年 07月号 [雑誌]Chara Selection (キャラ セレクション) 2010年 07月号 [雑誌]
(2010/05/22)
不明

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今月2巻が発売される「憂鬱な朝」目当てに購入したキャラセレもこれで3冊目。正直、正直、たった一つの作品の為に雑誌を買うのは大変厳しいのですが、これはもう仕方がないと諦めます。あっ、西炯子の「ひとりで生きるモン!」も楽しみにしているから二作品か。萌え転がる展開は毎度のことなのだけど、いよいよ桂木の気持ちが暁人に傾いてきた感じがしてゴロゴロしましたよ!これでもかというぐらいの緊張感を保ったまま続いている話のクオリティの高さにも感心してしまう。彼らの交わす会話の上辺と本音の交わらないことといったらない。表情や視線の一つ一つまで舐めるように読んでしまう。特装版も同時発売とのことなので当然そちらを買いますが本当に楽しみ。池袋ジュンクで開催されるサイン会には残念ながら行けない(締切られていた)のですが、心して待ちたいと思います♪

そうそう6月忘れてはいけないのは明治さんの「地獄行きバス」!
その中に私が大好きな「夜の女王シリーズ」が収録されるとのこと!待ちわびていたのでとても嬉しい。

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「イノセンス―幼馴染み」砂原糖子

イノセンス―幼馴染み (幻冬舎ルチル文庫)イノセンス―幼馴染み (幻冬舎ルチル文庫)
(2010/05/17)
砂原 糖子

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小さな頃からずっと、乃々山睦の好きな人は幼馴染みの来栖貴文。高校卒業間近になっても真っすぐそう主張する睦に友達は困ったように笑うが、何故なのか睦にはわからない。女の子とのキスを目にして、自分もしてほしいと懇願する睦に来栖は…。来栖が上京する春、会えないまま過ぎてゆく月日、そして―。書き下ろしも収録し、待望の文庫化。

「イノセンス」というタイトルから手に取るのを躊躇していたこちらの作品。周囲の評判も賛否両論といった感じで迷っていたところを譲り受けました(mさん感謝です!)。実はあらすじを読んだ時点で「これはどーゆーことだろう?」と思っていたのが受けである睦の精神年齢の幼さ。「頭が弱い」という感想をちらほら拝見してはいたのだけど、私はそれを単純に「バカな子(センチメンタルの春巳のような)」だと捉えていたのですね。そしたら違った。
睦は軽度の知的障害を持つ、ボーダーラインにいる子。特別学級に行く程ではないが普通学級では明らかに浮く子だったのですね。なんてギリギリな設定を持ってくるのかと驚いてしまったよ。読む前は「イノセンス(無垢)」という言葉に胡散臭さを感じる人間なので斜に構えている部分があったのだけど、何が睦と来栖にとって「幸せ」なのかを考えていたらいつの間にか夢中になっていた。不覚にも泣いてしまったよ。

幼児性を残したまま成長した大人が「無垢」なのかと考えると、私はそんなことは決してないと思う。子供は欲望だらけで善悪の区別が付きにくい分残酷な事も平気でする。「子供は無垢だ」と信じたい大人の想いが、彼らを無垢な生き物にするのだ。来栖は自分がそうありたい姿を睦に写し取って見ていたのではないかな。変わっていく自分と変わらない幼馴染み。変わることは悪ではないし、変わらないことだって悪ではない。ただ、自分がどうありたかったかによって捉え方が違ってくるだけ。だから、変化していく自分を戸惑いながらも受け入れていく睦の姿に、何も変わらない幼馴染みの姿に、来栖が罪悪感を抱くのも当然のことなのだ。自分が「白」と云えば黒も白になるような睦を相手に、来栖は「どこからどこまでが睦の気持ちなのか」が見えなくなっていく。それはもしかしたらこの先も変わらないかもしれない。大人のキスを教えて、快楽を教えて、抱き合うことの意味を教えて。睦が側に居たとしても、来栖にとってそれはとても孤独な戦いだ。大学進学を機に睦から逃げ出した来栖を責める気持ちにはなれない。

睦は一途だ。雛鳥のように「クルちゃん」と慕い続けて来栖を好きだと云う気持ちに揺るぎがない。
傷付けられていることにも気が付かない。睦の代わりにいつも傷付いてきたのは来栖だったのだ。
確かに来栖は身勝手な男ではあるけど、私は終始彼の肩を持ちたい気持ちだったよ。彼が負わなければいけないと思い込んでいた責任は「二人分」なのだから。それは重すぎるもの。
人は自分の中に皆無の素質を他者に見出すことは出来ない。純粋でありたかったと思う来栖は、睦が云うように「ジュンスイ」な人なのだ。他者と居ることで、そうありたい自分に近づける関係性というのは、それはそれで理想的だと思うのだ。

終盤の―俺が、クルちゃんの神様になってあげる。という台詞が涙腺を直撃した。
願い事を叶える券なんていう子供だましの餞別を、来栖がいつまでも大切にしていたことも、彼が望むことを睦が叶えてあげると口にしたことも、すべてが心に響いてきた。子供の頃というのは、両親や身近な友達、アニメのキャラクターをそれこそ神様のように信頼(崇拝)していたなと。彼らにとってはお互いが神様のような存在なんだよね。崇拝じみた恋愛には怖さを感じるけれど、彼らの使う「神様」は、もっとこう根源的な「神様」に近い響きがあってとても好き。

対等な関係なんかではない。庇護する者とされる者がとてもはっきりしている話だ。
「精神が子供の大人と恋愛すること」については木原さんの「こどもの瞳」を読んだ時にも考えたけど、答えなんて出ないのよね。現実を振り返っても、ボーダーラインに居る人たちだって恋愛をしたり家庭を持ったりしている。男同士だからというモラルや、性的なことに睦を引き込んだ来栖の罪悪感を越えて、二人が幸せならばそれでいいと思ったよ。だって、二人とも待って待って待ち続けたんだもん。だったらもういいじゃない!と思ってしまうのだ。彼らの選択や経緯に、私は特に引っ掛かりを感じることはなかったんだよね。ただ一つ確かなのは、彼らの幸いは来栖の精神的強さにかかっている(感想が来栖に寄っているのはその為ね)。クルちゃんにはもっともっと強くなって、是が非でも睦よりも1日長く生きて欲しい。そんなことまで思ってしまいました。

さすが砂原さん、面白かったです!


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プロフィール

Author:yori
気がつけばいつもそばにBL.猫かぶってみても、結局たどりつくのはそこなのです。感想は基本的にすべてネタバレ注意です。拍手&コメントありがとうございます。拍手コメントは該当記事のコメ欄にてお返事いたします。リンクフリーですがご一報頂けると嬉しいです。

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