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「母は娘の人生を支配する」

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娘を過剰な期待で縛る母、彼氏や進路の選択に介入する母…娘は母を恨みつつ、なぜその呪縛から逃れられないのか?本書では、臨床ケース・事件報道・少女まんがなどを素材に、ひきこもり・摂食障害患者らの性差の分析を通して、女性特有の身体感覚や母性の強迫を精神分析的に考察し、母という存在が娘の身体に深く浸透しているがゆえに「母殺し」が困難であることを検証する。「自覚なき支配」への気づきと「自立」の重要性を説き、開かれた関係性に解決への希望を見出す、待望の母娘論。

昨年話題になった選書です。表紙によしながふみを起用するあたりがもう読むしかない!といった感じだったのですが、「母娘問題」はちょっと重いテーマなので先延ばしにしていたのをやっと読みました。
ノンフィクションは細かく章立てされているため、読んだ端からその章のテーマを忘れていくという悪循環にハマりやすいのですが(すみません、私がおバカなだけです)、これは大変面白く読みました。が、が、きちんと著者の主張を汲んだ感想になっているかは、まったく自信がありません(笑)

無駄に長いのでたたみます。
なにぶん文学部出の根っから文系人間なので(関係ない)、本当に的外れな読み方をしている危険大ありです。もし興味を持ったら実際に読んでみて下さい。

小さい頃に「子供なんて産みたくなかった」と母に云われたことを思い出しました。ケンカの売り言葉に買い言葉だったのですが、当時はそれなりにショックだったような気がします。良好な母娘関係って一体何でしょうか?私と母の関係は十分良好だと思うのですが、旦那から言わせると「仲が良くない」そうです。確かに日常的に電話はしないし、大人になってから二人で買い物や食事に行ったこともない。親子で遊ぶとか信じられない!と思っている娘ですが、それでも割と良好な気がするのよね・・・。疎遠=争いがない、だからって良好なわけではない、と。そうかもしれない。難しいですね。とにかく私と母は性格、趣味、物事の考え方など本当に似た部分のない親子だったので、割と早いうちから放任というか、放って置かれました。そして私も就職を機に早々と家を出てしまいました。我が家には手のかかる弟がいた(今もいる)ので、弟にベッタリだったせいもあるかな。話が脱線しましたね。

そう私にとってこの本を読むということは、初めのうちは「好奇心」でしかなかったのです。何故なら私は母に支配されていると思ったことはないから。違う人なんだな、という諦めにも似た感情を持ったのは結構早かったように思います(即かず離れずの関係だけど、母のことは普通に好きです)。

母と娘の関係が密になるのには理由があって―というよりも、その対になると思われる父息子関係が「父殺し」という明快な回答を持つ関係であるのに対して、母と娘の間にはいかなる場合をもっても「母殺し」は有り得ないから複雑な関係を生むのです。何故なら、「女らしさ」とは乗り越えるものではないから。模倣するものだから。女は(男も)生まれた時から「女として上等であること」を求められます。親兄弟、親戚、世間から。娘は、「母のようになるのだ」というスタンスの元にまずは育てられることになるわけですね。男は「父のようになれ」とはあまり言われない。男は抽象的な、それこそ歴史上の人物のような曖昧なものを道標とされるわけだ。
娘にとって母親は「殺す」ことが出来ない存在なのです。母を否定することは幼い頃から無意識に模倣するよう導かれた「自分」を否定することに繋がるから。そして「女」を否定することに繋がるから。異性の親子関係というのは「擬似恋愛」のようなものだから、そこには無償の愛(母息子間に多い)か、徹底的な嫌悪(父娘間に多い)しかないわけです。母娘関係のみが複雑さを生むというよりは、それ以外の関係がとても単純なのですね。
母親が自分を模倣するように育てた娘を、まるで自分の分身のように感じてしまっても仕方がないことのように思います。進学や恋愛や結婚に口を出し続ける母親は「自分と娘を同一化しているのだな」と思うしかないもの。「親心」と言われると子供としては複雑だけど、そういう人は多いと思う。
従う娘は「支配」され、反発する娘は、反発=否女性的になり「女性としてのバランスを欠く(?)人になる」と著者は言っている(たぶん)。その支配は文字通りの「強圧的支配関係」を取らずに、様々な形で娘を縛るといいます。面白いと思ったのは、「マゾヒスティック・コントロール」の一説。献身的に支えてくれる母親に対する「申し訳なさ」ゆえに、母親の呪縛から逃れられないというもの。献身を捧げられるのは「息子」というイメージですが、それは「擬似恋愛関係」である母息子にとては当たり前の行為であると。しかし娘にとっては「私のために母は無理をしている」という罪悪感を植え付けれる行為でもあるわけですね。

と、途中までは「ふーむ、なるほどね~」なんて軽い気持ちで読んでいたのです。

しかし話が少女マンガに及ぶにしたがって雲行きが怪しくなり、「やおい」の言葉が出てきたあたりから他人事ではなくなってしまいました。すっごく大雑把にまとめると、「母娘関係の否定=女性性の否定=ヘテロセクシズム(異性間性交)の否定=家族関係の否定から男同士の物語に傾倒するのではないか」という論調だったのですね。「腐女子には母娘関係に問題がある人が多い気がする」という文には「えぇっ!?」となってしまいました。まあ著者は男性なので、発想の飛躍も多々あるのですが・・・。今までジェンダー的な観点から同性愛の物語に傾倒するというのは意識したことがありましたけど「家族関係の否定」とくるとは。うーん、これは例に挙げられる人がいないので何ともいえないけど、私には母娘関係の否定という気持ちはない(否定するほど関わっていない?)が、「家族関係の否定」という気持ちは結構強く持っている。家族愛とか聞くと引いてしまう。親友(ホモ友)はそれこそ絶縁するほど母親と仲が悪かった。でも、それはたまたま私たち二人が似た者同士気が合って一緒にいるだけだから、全然正解ではないと思うよ。そんなこと言ったら、思春期にノータッチで突然BLにハマる人はどうなるんだって話ですし。それでも「確かにそういう部分はあるんだろうな」というのは強く感じました。すべては地続きだったわけねと。
ただ、母娘関係の否定と同じぐらい自らの女性性を否定したくなる決定的な事項が女性にはあって、それは対世界にとって自分が女性として認められなかったときではないかな?身も蓋もなく言ってしまえば「モテない」という劣等感ね。思春期の私はどちらかといえばこっちだった(笑)
著者は表紙にもってくるだけあってよしながふみの作品も紹介しています。『あのひととここだけのおしゃべり』で私が感動した三浦しをんとの対談を引用しています。正直、どんな男性の識者が主張することよりも、よしながふみの言葉は私の中にストンと落ちてきます。

男の人の抑圧ポイントは一つなんですよ。「一人前になりなさい、女の人を養って家族を養っていけるちゃんとした立派な男性になりなさい」っていう。だから男の人たちってみんなで固まって共闘できるんです。男は一つになれるんだけど、女の人が一つになれないっていうのは、一人ひとりが辛い部分っていうのがバラバラで違うんでお互い共感できないところがあると思います。生物学的な差では絶対にない。これは差別されている側はみな一緒ですよね。アメリカにおいて、全部合わせれば白人よりも多いはずのマイノリティが文化が違うから一緒になれないのと同じです。

この主張に著者同様とても共感してしまいました。

そんなよしながふみの『愛すべき娘たち』の最終話を著者は母娘問題の題材にあげます。そうだね、この話を読んで親友は号泣していた。そして「救われた」と言っていた。簡単に言ってしまえば「容姿にコンプレックスを持つ母親が、美しい娘の容姿を否定し続けた結果、娘は自分を頑なに美しくないと思って成長した」という話です。母親(祖母)の行動には一応理由があるのですが、それを知った孫娘(主人公)はこう思うのです。「母というのは要するに一人の不完全な女の事なんだ」と。
母と娘は別個の人間であり、女である私たちは決してそのことを忘れてはいけないのだね。

著者の主張にそって言うのならば、母娘関係とは克服出来るような問題ではなく、ただその関係が不幸なものにならないようにと「自制」をもって慣らし合っていくことしかできないかもしれないと。「支配」「被支配」の関係に気が付き、それを避ける努力を双方が行うこと。母と娘がお互いに自分たちを同一視しないこと。そのような曖昧な(?)主張でもってこの本はしめられています。そうとしか言いようのない関係なのだなと。

長々と書きました。まだ書き足りないのですが、このへんで。

女であることは大変なんですよ。男には絶対にわからない。
娘ができたら、この本よりも『愛すべき娘たち』を再読したいです。
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拍手をありがとうございます。
長々だらだら書いてしまった文章ですが、伝わるものがあったのならば嬉しいです。
是非、本の方も読んでみてくださいませ。『愛すべき娘たち』は特に!

ずきっずきっ!娘の学校、わたしの趣味で決めてしまったダメ母です(汗)。だって「どこでもいい」っていうんだもん!だから~、男の子いっぱい逆ハーレム状態の学校選びました~!「かわいい男子とあやしいカップルがいたら教えてね」と今から頼んでいます。

わたしの母親はyoriさんのとこと少し似ていて、優秀な兄べったりの人です。もう兄至上主義と言えるほど。わたしの言うことはききませんが、兄の言うことなら、たとえ同じを言ったとしたもすべて受け入れます。当時はむかつきましたけどね、「良好な母娘関係」だったら家を出て独立しようとは思わなかったでしょうから、その点では感謝してます。今でも母親は苦手ですね~。兄に任せています。

母娘の物語は人それぞれありますね。うちの母の弟に対する過保護っぷりは相当ですよ・・・。もちろん娘の言うことなんて聞きません。父は完全な趣味人で家のことは我関せずだし、弟が社会人になれるか心配です。

娘さんは大丈夫ですよ!何といっても「腐」に囲まれながらも屈しない強靭な精神力を持っているのですから(笑)逆ハーレム憧れます~、3年間男女比1:3の学校で過ごしたので。

今ごろになってすみません。ようやくお邪魔してまいりました……遅くなってすみませんすみません。

この本、よく理解されている…すごいです! わたしは結構苦戦したんですが、yoriさんのこのレビューを読んで、スッキリ片付いた部分もあります。お恥ずかしい……。

それはともかく、
>思春期にノータッチで突然BLにハマる人はどうなるんだ…
って部分。まあ、やおいにムリヤリ母娘関係を絡めなくてもいいんだけど…と思いつつも、こういう本を読んでしまうと、考えちゃいますよね。コミケやイベントに親子連れで来ている人たちを見ると、この辺り、また変わっていくんだろうなぁ……と思います。

>対世界にとって自分が女性として認められなかったときではないかな?
わたしもこの劣等感は感じていましたが、でもこの根底にも母親というか、その人の子供時代の環境(親を含めた周りの大人の言動や行動)が影響しているんじゃないかなぁと、なんとなく思っています。

今ふと思ったのですが、外国(よく聞くのは欧米などキリスト教圏)では、生まれた子どもに父親や母親と同じ名前をつけたりするけど、あれって、子どもには結構プレッシャーじゃないかなぁ……と。でも名前のバリエーションがそれほどあるわけではないので、そんなもんかと割り切れるのかしら……なんて。

長々とすみません。うーん、なんだかんだと、ついつい考えちゃいますね、このテーマ。侮れません。

また遊びにまいります~。これからもよろしくです!

何度もすみません。書き忘れたことが!
トラバさせていただきます。今ごろで……も、申し訳ないですが、よろしくお願いします。

lucindaさん

ご訪問ありがとうございます!
実はこの文章を書いた時になぜか「腐女子の長女率の高さ」について完全に失念していたのですよ。以前lucindaさんの記事でも、中島梓の本でも取り上げられていて「ほー」と思ったのに!なので「兄弟アンケート」を拝見してすぐに思い出し、いてもたってもいられなくなりました。
長女の受ける母からの鬱屈・・・ああ、無関係なわけない。繋がった・・・と。今ならまた違った感想を書くことができそうです。

欧米の名前については、キリスト圏の宗教観が関係しているのかなーと思います。あちらの方が「父性」にとっても重きを置いているイメージがあって(映画の『父帰る』の影響かもしれません)、父殺しはさぞや重大なテーマになるだろうと思いました。そのことについて考えるのも面白そうですね!

いつも真剣に考えているlucindaさんのブログを今後もとても楽しみにしています!
こちらこそよろしくお願いします~。
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Author:yori
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