「君といたい明日もいたい」沙野風結子

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唯一の家族である父を水没事故で亡くした大学生の恵多。そのショックから部分的な記憶を失い、水たまりを見ると時々、身体が動かなくなる発作を起こしていた。そんな恵多を優しく見守る、叔父の章介の愛情を恵多は嬉しく感じていたが、ある時、それが全て父の会社を乗っ取る策略であると知る。詰る恵多の口を封じるかのように、静かな激情を漂わせ、無理やり身体を嬲る章介。いけないと思いながら身も心も焼き尽くす、強い快感に支配され…。叔父×甥の禁忌愛。

突然ですが、私にとってルビー文庫といえば「富士見」ではなくて「鬼塚ツヤコ」だったりします。今ほど小説を読んでいなかった学生時代にプランタン出版のプラチナから鬼塚さんにハマり、気付けばルビーも全作読破していたという(ま、2作しかないのですが)。BL小説イコール基本エロ小説って思っていたのは、間違いなくあの頃の読書のせいだわ。ニアっぽいのってあまり記憶にないもの。
今回久々にルビー文庫を読んで思ったのは、エロ規定がもしかして(しなくても)他のレーベルよりもかなり高い?っていうかエロがメインのレーベルだったのねってことです。何を今更って笑われるかもしれませんが、鬼塚さんしか知らなかったのでアレを著者の色だと思っていたのですよ(いや、確かに鬼塚さんはエロ作家だけどさ)。ルビーって「起承転結」を「エロ」で描いてるイメージです。
出会ってエロ→心が通じかけてエロ→誤解が生むすれ違いでエロ→大団円でエロみたいな。

昔はね、エロがないと正直物足りなかったですよ。今も気分によってはそうだけど、エロとセンシティブの周期がどんどんセンシティブ寄りになっていくというか・・・。だから期待して読みたい「エロ」を与え続けてくれる作家さんは、それだけで貴重な存在だと思います。
微妙な上に長い前置きになりましたが、久しぶりの沙野さんは大変萌えました♪
しかし、その萌えどころとエロ描写の秀逸さについては発言がアレになりそうなので省きます。要は、3年間セルフ焦らしプレイを続けた攻めの章介がめちゃくちゃ萌える!!ということです。焦らしの内容がタオルで身体を拭くだけなのに、そのエロスといったらありません。二人の気持ちが通じてからもですが、すべてにおいて沙野さんの性愛表現は一歩上級というか、いつも驚かされます。言葉の選び方、煽り方が上手ですよね。二人がしていることに合わせて、文字面も意識して扇情的な文章を組み立てているように感じます。とても良い。だからこそ恵多の大学生活描写は読んでいてちょっと辛かったかな・・・グループ交際とか合コンとか沙野さんの小説で明るい学生生活はどこか違和感がありました。あと正直云うと、キャラクタ面では沙野さんが描く恵多タイプの受けはどうも苦手なのです。「蛇」の凪人や「獣の妻乞い」の受けのようにメンタル的に「甘ちゃん気味」というか、沙野さんは割と「庇護する者、される者」の構図が明確な話が多いように思うのですが、この話もそうでしたね。それでも萌えに萌えたのは、章介の影の我慢ぶりが素晴らしかったからです。っていうか、この人家の中ではわざとダサイ格好していたとあるけど、普段から家では手抜いていそうに感じましたよ。なんというか、あまり男前オーラを感じなかった(笑)過保護を通り越してストーカーチックだし、恵多に振られた時に恋敵を前にして涙を流しますからね!どちらかと云えば、策略家ではなくてヘタレ気味の男のようにも感じてしまいました。それがまた萌えでした。そしてヒゲクマ時の章介がまた容赦ないヒゲクマで、それもまたまた萌えでした!
全体的な話の構成も面白かったです!良いものを読みました♪


余談ですがダラダラ考えた事があるので以下にたたみます。


ふと思ったのですが、BLって「叔父×甥」カップルが結構多いですよね。
これもひとつの「近親物」と捉えて皆読んでいるのでしょうか?義理の兄弟は果たして「近親物」かという疑問もあるのですが、兄弟だけが「近親物」なわけではないのですよね。「叔父×甥」を好むその心は「血の繋がり」だと思うのですが、私の場合、そこに「禁断の愛」的な少コミ的ロマンスを感じるわけではなく、「血が繋がっているから」の「から」の部分に魅かれているのだと思うのですよ。

「から」―執着する、一緒にいる、離れない、守る、守られる―

血の繋がりとは、個々人にある無条件の約束のようなものだと思うのです。だから婚姻という名の誓約を持たない個々人が、最も効力のある「約束」を探した結果の「近親物」なのではないかなと。

それと並行して考えたのは、倫理的、生理的に照らし合わせてアウトというのは承知の上ですが、どうしてBLには「父×息子」がないのか、そして、どうして「義父×息子」がないのかということ。
もちろん存在すると思います。事実私も短編漫画で読んだ記憶がある。あれは深井結己さんだった。結構面白かった気がするけど、私は深井さんが苦手なので手元にないや。
ままま、圧倒的に「兄×弟」や「叔父×甥」に比べれば読者を選ぶと思うのですよ(出版社的にもアウトだろうし)。
対する男性向けエロにはやたらと多いじゃないですか、「義母物」。男が「義母物」を求める心理は、単純に考えれば、「男はマザコン=母と寝たい=血が混じるのはアウト=義母なら大丈夫」(西炯子が何かで書いていた)という流れだと思うのですが、男同士が前提であるBLは、上記の「血が混じる」という本能的な危惧があらかじめ排除されているはずなのですよ。にも関わらず、義父物すらあまりないのはどうして?まぁ、義母と違って義父となり得る人の年齢もあると思います。お母さんの男は20~30歳離れていることがきっと多いでしょうし。そして、義父物は少女マンガでもあまり見かけない気がするのですが、そんなことはないのかな?義理(義理じゃないのも結構多い?)の兄や弟との恋愛に一喜一憂する少女の図というのはわりとあると思うのに。

何が女性向け恋愛物から「義父」を敬遠させるのかって、グルグル休憩中に考えていた。
そしたら思い浮かんだ答えは一つだけだったのよね。

やはり女は「母と争う」ことを本能的に避けるのだろうなということ。義理であれなんであれ、男が父となり得る経緯には当然母なる人との愛やら情やらが存在していたはずで、そういえば深井さんの漫画の母は義父とくっついた後速攻で他に男を作って家を出たという展開だった。男性向け義母物エロで「父親」の存在がどんな扱いなのかはわからないけど、普通に家族として居る気がしますね。義母とヤッても、その先に父からの略奪までは端から視野に入っていない気がします。そして深井さんの漫画のように母が悪女というのは、罪悪感に対して何らかの免罪符になっている気がします。BLはエロの先に愛を求めるジャンルだから、義父と恋愛をしなくてはいけない。でも義父は母の愛した人である。たとえ母が不在でも、そこに葛藤というよりは、罪悪感があるように思うのですよ。母の男をとっちゃいけねーぞという。以前読んだ斎藤環の「母は娘の人生を支配する」の記述に、父と息子は「戦う=父を乗り越える」が、母と娘は「模倣する=母のような人になる」という明確な違いがあり、母娘は複雑な関係性を紡ぐのはそうした為だとあったのを思い出しました。云うまでもなく、BLは女のモノですからね。私は「父×息子」はもちろん「義父×息子」もあまり読みたくはない。そこにある生理的嫌悪の原因を探れば、上記のようなことになるのかな~と思いました。

その点「叔父×甥」は美味しいところ取り♪って感じで良いですね(そんな結論!?)
まぁ、作中の父親の心境を考えると大変気の毒ですが・・・。

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