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「言ノ葉ノ世界」砂原糖子

言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)言ノ葉ノ世界 (新書館ディアプラス文庫)
(2010/06/10)
砂原 糖子

商品詳細を見る

生まれつき人の心の声が聞ける仮原は、それを利用してずる賢く生きてきた。ある日、車と接触してケガをする。その車に乗っていたのが大学准教授の藤野だった。仮原が初めて出会った心の声と口で発する言葉が全く同じ人間。まるで輪唱のように響く藤野の“声”と言葉を心地よく感じ、そんな自分に苛立った仮原は、藤野がゲイであると知り、偽りで彼に「好きだ」と告げるが…。名作「言ノ葉ノ花」スピンオフ登場。

前作「言ノ葉ノ花」の感想はこちら
初端から盛大にネタバレ注意です。

*****
*****

雑誌掲載時に話題になったというこちらの作品。一読してそれも当然だと驚いた。
描かれる世界は「言ノ葉ノ花」の「パラレル・ワールド」。鍵となる人物の名前を目にした時に、こういった仕掛けを許されている砂原さんはとても恵まれた作家さんだなぁと改めて思った。後書の解説が必要だと判断したからにはそれなりの「反響」があったのだろうが、かくいう私も、パラレルだと理解していても不安になってしまった。

前作の余村がある日突然人の心の声が聞けるようになったのに対して、今作の主人公仮原は生まれつき人の心の声が聞こえるという。発狂するような苦しみを味わったであろう余村に比べて、仮原がどこか超然と構えていられるのは心の声が聞こえない状態を知らないからに他ならない。生まれつき備わった能力を「否定」する要素は、他者との比較以外にはないだろうから。「普通」を知らなければ「異常」への理解も多少は鈍るのだ。仮原が発狂しなかったのはその為だろう。そういった意味では、彼は余村よりはマシな運命にあったと云えるのかもしれない。本音と建前を聞き続けた男の心は、いつしかそれを当然だと思うようになる。そして自己防衛本能であるかのように仮原は人間を信じず、ただ利用し、誰かを好きになる可能性など微塵も考えないような人間になる。

本音と建前を聞き続ける男が出会ったのは本音だけを口にする男。その男藤野は、本音さえも「建前」だと誤解されるような男だった。それは大変な美徳であるように描かれているけれど、本音だけでしか語らない男は、他人の建前を理解することが出来ない。世間的に見ると藤野は建前を持たないことで本音を疑われるという異質な存在。仮原の存在がファンタジーなら、藤野の存在だって十分にファンタジーなのだ。しかし心の声が聞こえる仮原にとって、建前の存在を端から意識しない藤野は初めて出会った心地が良い人間だった。仮原が恋に落ちるのは必然だった。
初めて好きな人が出来た仮原は、初めて心の声が聞こえることに恐怖を覚える。本音と建前が同じ藤野の「ズレ」を認識する日が来てしまうのが、怖くて仕方がなくなるのだ。藤野は稀有に美しい(本音と建前がないという意味では)精神の持ち主だが、それでも付き合いが長くなればズレは生じてくる。酔った勢いで仮原は真実とともに藤野を傷つける言葉を云ってしまう。その後二人の関係は抉れてしまうのだが、藤野が仮原を拒絶するのは心の声が聞かれてしまうからではないのだ。仮原が「嘘」を付いたからなのだ。最初の「好きだ」という言葉が「嘘」だったこと。求めていた言葉を相手が発しただけという恐怖や羞恥や誇りを傷付けられたからではなく、ただひたすらに悲しかったから藤野は仮原を拒絶したのだ。
本音の言葉しか存在しない藤野を心の声が聞こえてもなお信じられない仮原。彼を導くのは鍵となる人物の存在だ。

二人の顛末以上にアキムラカズヨ(余村のif)の顛末にはこみ上げてくるものがあった。
長谷部の気持ちを信じることが出来なかった彼が救われたことに心底安堵した。
彼をエピローグに持ってくるあたり、この物語は仮原を語り手(狂言回し?)に据えた可能性としての余村の物語だったのだと思う。本当はifではなくて、余村そのものだったのではないかなとさえ思ってしまった。だって物語の主人公に敢えて「」という名前を持ってくるのだ。砂原さんが何の含みもなしにやるとは思えない。

とまあ、難しく捉えればドツボにハマるような哲学的な作品だった。
萌えもあったのだけどそれ以上に考えることが多い読書だった(あまり反映出来てませんが)
幸福を知った仮原の能力は遠くないうちに消えるような予感がするな。
そこからifの物語が始まるかはわからない。if余村に出会った仮原は大丈夫だと信じつつ本を閉じた。

何のための言葉によるコミュニケーションなのか。
人間だけが本音と建前を持つのは一体どうしてなのか。
知能が発達した生き物は思考するようになる。言葉のない世界は憶測だらけの世界、疑心暗鬼になるのも当然だ。だから人間はとりあえず「提示」をするように義務付けられているのだと思う。思考を言葉にして伝える義務だ。その言葉をどう受け取るかは相手次第、信じるも疑うも委ねるしかない。ただ、「これを受け取ってください」という始まりがなければ何も始まらない。言葉は人に与えられたギフトであり他者へのギフトなのだ。
「信じることの大切さ」というテーマは「言ノ葉ノ花」と同じもの。
読了して、改めて「言葉のある世界」というタイトルが象徴的だと感心した。

面白かったです!!

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言ノ葉ノ世界

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yoriさん、こんばんは!
コメント、今日は短く(笑)。
私は以前も話したように、先に『~花』を読んでいたら多分このスピンオフ読まなかったと思うんですよね。
そういう意味では、『~世界』が先だったのは幸運な出会いだったのですが、やっぱり読む順番を間違えてしまったな感も強くて…。
だから、私の場合余村のエピソードがアキムラのあったかも知れない可能性に見えて仕方が無いのです。
アハハ。
アキムラが砂原さんの手によって救われるか否かは雑誌読了時には五分五分の確率だと思っておりましたが(“~世界”の閉じ方でも“完結”していたとは思うので)、著者自らが“~光”で救済のページを割いて下さったことはやっぱり嬉しいなあ。
そして、苗字の件。
気になっていたのは私だけでなかったのね、と嬉しくなりました。
ではでは!
TB失敗したので、コメントのみで失礼します。

>tatsukiさん

こんばんは!コメントありがとうございます!

tatsukiさん宅でチラッと拝見した「アキムラカズヨ」ですが、まさかこんな形で絡んでくるとは想像もしていませんでした。パラレルにしても、前作の主人公らしき人物をどん底に突き落としているのだから、「光」と「後書」が必要だったのは、それなりの読者の反応があったからなのだろうなぁとも思ってしまいました・・・。

私はファンタジーに耐性がないというか、考え方が硬いので、「心を読める」という題材を持ってきて主人公2人が円満に運ぶという展開に、どーしても無理を感じてしまうのです。作者も確信的に「嘘(都合の悪いことは書かない)」を付かざるを得ないですし、発狂するよねと思ってしまうのです(笑)だから、アキムラカズヨ&「言ノ葉ノ花」の後篇が物語としてはとっても納得がいくし、幸せな結末だと思っています。仮原の能力がなくなる予感がするというのは、きっと私の願望ですね。

名前についてはtatsukiさんも仰るように「余」も十分不審な名前だと思います。砂原さんにとって「誰」が先だったのか・・・今も色々考えてしまいます。
tatsukiさんのおかげで楽しさの倍増する読書でした!ありがとうございます~。

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Author:yori
気がつけばいつもそばにBL.猫かぶってみても、結局たどりつくのはそこなのです。感想は基本的にすべてネタバレ注意です。拍手&コメントありがとうございます。拍手コメントは該当記事のコメ欄にてお返事いたします。リンクフリーですがご一報頂けると嬉しいです。

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