「楽園建造計画」高遠琉加

普段完結したシリーズものは読み終えてから感想を書くのだけど、今回は読了毎に綴ってみました。
学生アパートを舞台にした青春群像劇。

楽園建造計画 (1) (二見シャレード文庫)楽園建造計画 (1) (二見シャレード文庫)
(2005/05/31)
高遠 琉加

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芸術学部生ばかりの学生アパート「パレス・シャングリラ五反田」に、そうとは知らずに入寮してしまった苦学生の三木高穂。そこで再会したのは以前三木に無断で写真を撮り逆鱗に触れた写真学科の蝶野洸だった。
三木の過去に横たわるのは同じく“写真”を撮ることを業とした父、秋葉の存在だ。幼い三木を捨て、自分だけの世界へ旅立ってしまった秋葉を三木はずっと許せないでいる。彼の中にあるのは、内から湧き上がる衝動に抗うことの出来ない人々に対する羨望と嫉妬だ。三木は自分には“何もない”と思い、(芸術学部の)彼らは“持っている”と思っている。それはある意味では事実だが、でも決して真実ではない。彼らの持ち物が彼らを幸福に導くのかと云えば、決してそうではなさそうな不穏さを蝶野の写真は覗かせる。感情に溢れ、人間が生きている秋葉の写真に比べて蝶野が撮る世界は無機質だ。「気味が悪い」と三木が感じた伏線がどのように蝶野に繋がるのか1巻ではまだわからない。頑ななまでに秋葉への怒りを持つ三木を蝶野は羨ましいと云う。怒りの裏側にあるものが紛れもない愛情だとわかるからだろう。何を持っていれば幸いなのかは人それぞれで、三木はまだ蝶野のことを知らないのだ。三木の荷物は蝶野や寮の面々と出会ったことで軽くなったようである。では蝶野は?というところが気になる第1巻だった。
同時収録の「さよならを教えたい」はどうやら「パレス・シャングリラ五反田」の前身が舞台の話。こちらはすべて読み終えてから。

楽園建造計画(2) (シャレード文庫)楽園建造計画(2) (シャレード文庫)
(2006/01/28)
高遠 琉加

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2巻はもう一組のカップル、法学部の響川と美術学科の志田の話。何やらワケアリでアルバイト三昧の日々を送る響川はとても危うい男だ。すべてを自分で背負い抱え込んで、身体と心が悲鳴を上げているのにも気付かないような脆さがある。志田と響川は高校の同級生で、志田の“絵”を通じて互いに話すことはなくても存在だけは知っているという関係だった。前巻の後書で著者が「響川はシンデレラ」と云っていたのがよくわかる。学生の彼に負うには過ぎる責任を彼は一人で解決しようとしている。1巻の二人に比べると“小説的(BL的)”な展開と構図ではあるが、響川の纏う重苦しさは『レストラン』の理人にも似ていて、とにかく早く助けてあげてくれと思わされる。ロボットになりたいと繰り返す彼は悲惨で可哀相な子供なのだ。都合の良い「足長おじさん」などは存在せず、金が必要な響川は身売りに似た真似をしてしまう。誰にとってもきっと目が離せない存在であった響川の危うさに、世話を焼き続けた志田は激高して自分が響川の身体を買うと伝えて無理やり抱いてしまう。
1巻の三木が抱える少々モラトリアム的な葛藤に比して、響川のそれは圧倒的に重たい。その分読んでいる側としては余計なことを考えず物語に没頭出来た。“持っている”志田と“持っていない”響川の対比もハッキリしていてわかりやすい。王子様はお姫様を助けることが出来るのか。そして響川の抱える秘密とは?気になるところで以下続刊。

楽園建造計画 3 (シャレード文庫)楽園建造計画 3 (シャレード文庫)
(2006/06/28)
高遠 琉加

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無理が祟って身体を壊した響川と、彼を心配するアパートの面々の様子が描かれる。「パレス・シャングリラ五反田」を“楽園”にしているのは彼ら自身に他ならない。誰かに問題が起きれば皆で心配して支えようとして、何かあってもなくてもすぐに宴会だ。家族ではない。友達と言い切るにはまとまっていない。“仲間”という言葉が一番しっくりくる。大学生の自由で、でも永遠では日々の微かな息苦しさと切なさが端々から感じられる。自分からは決して求めることのなかった人のぬくもり。そして気付く自分に向けられる志田の紛れもない愛情。臆病な響川はそれを素直に認めることが出来ず迷走をする。欲しがらなければすり抜けていくことがわかるのに、一歩を踏み出せない。「帰りたい場所」とは間違いなく「帰りたい人の元」のことなのだ。響川の抱える問題は思いがけない偶然が重なり氷解することになる。少々出来過ぎのきらいはあるが、私は響川の問題は遅かれ早かれ訪問者の存在によって解決したと思う。その前に彼が志田の名前を呼べたことに意味があるのではないかな。
3巻では超然と構えた蝶野のメッキが少しずつはがれてくる。アパートの誰もが薄々気づいているのかもしれない。誰よりも余裕があるように見える蝶野が立てる見えない壁に。蝶野の高校時代を知る友人の訪れによって、自分が彼のことを何も知らないのだと思い知らされる三木。二人の関係がどうなるのか気になるところで最終巻へ。

楽園建造計画〈4〉 (二見シャレード文庫)楽園建造計画〈4〉 (二見シャレード文庫)
(2007/05)
高遠 琉加

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蝶野は三木と出会ってどう変わったのだろう。
傷を告白出来るような人間に出会えたことは確かに大きい。でも一番大きな変化は写真への有り様だったのかもしれない。三木は写真を撮る父親への愛憎から「記憶を留める道具としての写真」を憎んでいたはずなのだ。だから1巻で「それで思い出にされて大事にされるのなんて、まっぴらだ」と云っていた。出会った時の蝶野の写真は「記憶」の奔流だったのかもしれない。彼はカラッポな自分が息をしている「証拠がほしい」と云っていたから。でも、三木はそれに疑問を投げかける。蝶野の中で何かが変わったとしたら、たぶんここだろう。「瞬間」を留めることと「記憶」を留めることは似ていると思うけど、どんな気持ちで撮影をするかで表れる結果はきっと違うのだ。蝶野は強迫観念的に写真を撮ることはもうないだろう。ただ、気持ちが動いた一瞬を愛しく大切におさめていくのだ。それは彼の中身がカラッポではなくなってきている証なのではないかな。カラッポというのは“何も持っていない”ということだ。執着する物事も人もなく、いつでもフラッと出て行ってしまえる自分が蝶野は怖かったのかもしれない。でも三木がいることで、彼の器は満たされはじめたのだ。展開的には蝶野は簡単にすべてを置いて行ってしまうようにも見える(私見だが、ある種の暴力のようにすら感じられる)。でも、全体を俯瞰しているばかりだった彼は弱くて強いから、さよならが来る日のことも、その先も続く関係があることも見越していたのかもしれない。何せ彼らは大学生だったのだ。永遠が見えるには早すぎる。互いを掛けがえのないものと認識した二人の恋愛は動きだしたばかりだ。

「さよならを教えたい」
各巻に書き下ろしで入っている別作品。舞台は「パレス・シャングリラ五反田」の創生期。
幼い頃人間から植物が生えているように世界が見えていた皐月と、同級生の屋敷の物語。とても詩的で美しく残酷な破壊と再生の物語だった。そして唯一の芸大生と芸大生の物語だ。実は読んでいて最も息苦しく、涙が溢れたのはこちらの作品だった。才能はいつだって無慈悲に判断を下す。それが更に残酷なのは、そのジャッジに気付くのはいつだって“選ばれなかった”側の人間だということだ。一緒にいることよりも出来ることがある。離れることが二人の為になるという現実が確かにある。恋や愛よりも選ばざるを得ない運命がある
芸術は志すものではなくて、抗えない運命に引き摺られるように知らぬうちに選択しているようなものなのかもしれない。そういった自分の理性ではどうすることも出来ない熱に駆られて、吐き出すように生み出す人と、そうではない人も当然いて。三木は“持っている”と芸術学部の彼らのことを表したけれど、“持たせられた”皐月のような人間もきっと存在するのだ。想像するだけで息が詰まるのは、自分が何も持たない側だという自覚があるからかもしれないな。ただの感傷に過ぎないけど、今作を読んで流れた涙はそういったコンプレックスによる要素もあったと思うのだ。読み終えて無性に美しいものが見たくなった。目の前に立つだけで圧倒されるようなものが。

高遠さんは場所(土地)の使い方がとても上手いと思う。私は武蔵野の方面になかなか縁がないのだけど、想像を掻き立てられる。線路わきに立つ「パレス五反田」から武蔵野の森へ。小説だとわかっていても、そこへ行けば彼らの息づかいが感じられそうだ。「パレス・シャングリラ五反田」は場所としての存在を続ける。でも、若い彼らが今その時その場所こそが彼らだけの楽園だったのだと気付くのは、きっと楽園を失ったずっと後なのだ。大学生である彼らの日々は永遠ではない。すべては瞬間に帰結するときが来るのがわかるから、読んでいてずっと切なく息苦しかったのだと思う。

素晴らしい作品でした。



拍手御礼申し上げます

日々拍手をいただきありがとうございます!
特にお礼の別記事等は設けていないのですがとても嬉しく思っています。
自己満足の為のものと思いながらも、やはり反応をいただけると励みになります。
不親切な長文ブログではありますが今後とも宜しくお願いいたします!

yori

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楽園建造計画

私の中の何かが、このシリーズを読むたびに「裏切られた」と感じてしまうんだと思う。 そういう意味で高遠作品を信頼してはいけないと知りつ...

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こんばんは!yoriさん。
yoriさんのレビューがいつも以上に読み応えがあって、嬉しい反面コメント残すの難しいです(笑)。
私はこのシリーズに関しては第一話からリアルタイムに雑誌で読んでまして(奥付の初出一覧を確認して頂ければ一目瞭然ですが)、だんだん連載感覚が伸びに伸び休載の“お詫び”回数が増えるにつけ、本当にこのシリーズは無事に終わるんだろうか?高遠さんは(コレに限らず)ずっとBL小説書き続けて下さるのだろうか、と不安で不安でしょうがない日々を過ごしておりました。
感想が長らくまとまって書くことが出来なかった理由も、最終的にはソコに行き着くのですが。
だから、殊にこのシリーズに関しては私のグラグラグルグルしたみっともない感情とか感傷が一緒くたになるので今でも言葉にするのはやっぱり難しいです。
yoriさんのモラトリアム発言にも心臓ぐっさり!!

…痛かった(笑)。

志田と響川のエピソードは、当て馬含めてレストランシリーズのプロトタイプだったと私も思います。
どうも、このシリーズに関しては著者のコメント含めて傑作と失敗作の間をウロウロしている部分があって(レストランは成功作だと思う)、そういう実験的要素が強かったのかなと今になってふと思いました。
当時は無我夢中で、一心不乱に読んでいただけでしたが。

ちなみに、私は何だかんだで蝶野が一番好きです。
ある日、突然恋人も読者も“裏切る”キャラだとは思うのですが、そういうのコミコミで。
フォトグラファー(攻め)に弱いんですよね。
なはは。

ではでは!
取り留めの無いコメントで失礼しました。

>tatsukiさん

おはようございます!
コメントありがとうございます。
確かに連載を追って読むのと完結したものを一気に読むのでは、受ける印象は違うと思います。私は「レストラン」で高遠さんを知った口なので、不安定さに実感がないのかもしれません。
tatsukiさんにとってとても大切な作品だということは、感想を拝見して伝わってきました。
モラトリアム発言は三木に感情移入して初っ端から半泣きした自分への戒めでもあったのですが(笑)
なんだか余計な言葉だったかもしれません。すみません。

私は三木が好きです。
BLの受けとしてはもっとも興味がないタイプですが、彼が「写真が嫌い」と言い切る様も破壊する二度の場面も爽快でした。もちろん写真=カメラマンのことなのは承知ですが、仰っていたように破壊者だけが得ることが出来るものがあるのだなぁと伝わってきました。

それにしても、蝶野は油断できませんね。
一番面白いキャラではありましたが、私は彼の放浪癖が不安です(笑)

現在の芸大生の実情について、興味深いお話をありがとうございました!私のイメージがかなりの部分で「ハチクロ」に影響を受けていることをコッソリ告白しておきます~。ははは。

それではまた~


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Author:yori
気がつけばいつもそばにBL

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