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「さようなら、と君は手を振った」木原音瀬

さようなら、と君は手を振った (Holly NOVELS)さようなら、と君は手を振った (Holly NOVELS)
(2008/06/20)
木原 音瀬

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従兄弟の啓介が田舎から上京してきた。誠一は後ろめたく感じていた。十年前の夏、啓介と恋に落ちた誠一は、高校を卒業したら迎えにくると約束した。それなのに反故にしたからだ。しかし再会した啓介は過去には触れず、優しい笑顔で誠一に微笑むだけだった。責められないことで安心した誠一は、優しく抱き締め甘えさせてくれる啓介のもとに頻繁に通うようになり…。

既読の木原作品で一番痛いものは?と問われれば迷わず『WELL』と答える遅れてきたBL小説読みです。
なんでも来月木原作品最痛作品『HOME』が新装版で刊行されるということで、今月は心の準備という意味も込めて木原月間にしようかなと。手始めに『薔薇色の人生』を再読し、こんなに幸福なBLだったかと大変良い気持ちになりました。最初に読んだ時はモモが攻めということに納得がいかず入り込めなかったのよね。好みからするとやっぱり受けがいいのだけど、ロンちゃんを見つけたモモは人生大逆転に成功したわけで、なんてファンタジックでロマンチックな話だろうと温かくなってしまった。

前置きはこのぐらいで、次に手を出したのがこちらの『さようなら、と君は手を振った』だったのです。

たぶん痛くはない。が、主人公の二人がある人物に対して行った事が私の考えからするとあまりに酷くて、『WELL』に次いで苦手な作品かもしれないと思うと同時に、非常に面白く納得のいく展開に驚いてしまったのでした。
偶然にもお世話になっている方のブログで、苦手な設定は「意味のない子持ち設定」とお答えされているのを拝見して、それは私も同じだなぁとブンブン頷いてしまった矢先に読んだので余計に考えてしまいました。「子供」が出てくる必要があるのは構わない。「母親」が不在なのも構わない。ただ、安易に個々人の恋愛物語を紡ぐ際の「目撃者(容認者?)」として子供を登場させたのであれば、その子供が将来的にその体験を踏まえてどんな人間に成長をするのか、それは子供にとって幸いなことになるのか、または、ならないならならないでその覚悟があって物語を紡いでいるのかという非常に鬱陶しいことを考えてしまうのであります…。子供がいない私の言葉なので薄目で読み飛ばして頂ければ幸いなのですが、一人の親である以上、たとえ嘘でも「一番愛しているのは子供であるお前だよ」と云うのが親の義務だと思うのですよ。嘘はそのうちバレるかもしれない。でも、誰の為の嘘だったか理解する力が付いた頃にバレるのであればまだ救いはきっとある。誰かを好きになったことがない、恋愛も知らないうちから親にとっての一番が自分ではなく赤の他人であると知るのは本当に辛いことだと思うのです。でもそれは、理想論でしかないんだよね。

啓介にとっての一番は昔も今も変わらずに誠一だった。誠一は都合のいい男として啓介を散々利用した挙句に、自分が捨てられたと勘違いをして恋を自覚する。何も求めない献身的な啓介の愛は、求められるだけ与えて与えて与え尽くしてもなくなることがない。しかも見返りを求めない分、誠一から自分に向かう気持ちにはとことん鈍感だ。献身的な愛はただ心地よく溺れているうちはいいかもしれないが、相手にも何かを与えたくなった時に残酷だ。自虐的なまでに相手の気持ちを疑い、この幸福は未来永劫続かないと勝手に絶望し、一人で泥沼にはまり込む。この啓介という男が本当に鬱陶しくて(笑)、とっても嫌な奴に描かれている誠一の方に肩入れしてしまったぐらいだ。そもそも私は「攻めに健気に尽くす受け」というのが好きではないのだよね。登場人物を好きになれないのなんて木原作品では当たり前(そう云い切れてしまえるって凄いね)なので気にはしていなかったのだが、物語終盤の展開に眉間に皺が寄って仕方なかった。
啓介は誠一を振り切って家業を継ぎ結婚をし、その後妻は男を作り子供を連れて出て行ってしまう。その子供が、妻の他界によって呆気なく啓介の元に戻ってくるのだ。啓介は自覚している。誠一以上に子供を愛せるわけがないと。理屈抜きで本能で知っている。出て行った妻との間に作った実の子供よりも、誠一の方が大切だと。自分の気持ちに嘘が付けない啓介は誠一の元から黙っていなくなる。息子との二人での生活を選択する為だ。
再会→別れ→再会→別れ→再会を繰り返す二人だが、二度の別れとも啓介は黙っていなくなるのだ。「蒸発」という行為の暴力的なことをこの男は理解していないのだろうか。消失は喪失とは違うということがわからないのか。(追記、高校生の頃に連絡を途絶えさせ田誠一への無意識の復讐でもあったのかもしれない)しかしそれよりも読んでいて気分が悪かったのは本当のラストだ。簡単に見つかった啓介を誠一は、息子の見ている前で無理やり抱くのだ。見るなと叫ぶ啓介を押さえつけて、見ておけと言い放つ。たかが恋愛である。その恋愛を成就させる為に「子供」をこんなにも踏みにじった話を私は知らない。でもそれ故に、非常に納得をしてしまったのだ。先に理想論だと自分で云ったけど、親だからといって子供を一番に優先できるとは限らない。大人だからといって子供を大切に出来るとは限らない。現実を見渡せばそんなことはあまりに当たり前すぎて今更口にするまでもない。でも、優しい物語の親子と恋人は悲しい現実など無いかのように幸福そうだ。それはそれで構わないのだが、でも「if」のことを考えてしまう自分がいた。「もし、子供が二人の恋愛を容認しなかったら?」の「if」である。

これで終わりだったら非常に読後感の悪い物語だったと思うのだが、救いは息子(貴之)が主人公の続編(「空を見上げて、両手広げて1,2」)にある。続編の主人公に彼を置いたところが木原さんが木原さんたる所以だ。凄い。貴之と父親である啓介の仲は上手くいっていない。決定的な決裂はしていないが、自分よりも恋人である誠一を選んだ父親と、貴之はどう折り合いを付けてよいのかわからないまま成長する。自分を一番に愛してくれる他人の温もりを求めて、啓介の友人である柊のもとに入り浸る。この、息子が父親のことを許さないまま成長している姿に私はやけに納得をしてしまったのだ。彼が求めたのが柊であるという部分はちょっと小説的だなぁと思わなくはないが、「幸せそうではない」子供の姿を見せてくれたことが嬉しかったと云うと語弊があるが、嬉しかったのだ。子供の頃から男と男の性交の気配(ときには音)を察知しながら、しかもその「愛情」からは疎外されていると感じながら育つ子供が捻くれないわけがないのだ。中学生の彼は柊との関係に溺れる。
本当の大団円(?)は続編の続編までお預けだが、成人をして漸く「他人への愛」を優先せざるを得なかった啓介の心境を貴之が想像出来るようになって、和解まではいかなくても、少しだけ近づけたのであれば親子にとって十分だと思うのだ。貴之の恋が成就するかどうかは別にして、私はこのラストを幸福だと思った。






***

久しぶりに長い感想を書いたような気がします。楽しかった!!
仕事のゴタゴタでちょーっと沈みがちな今日この頃ですが、本を読むテンションだけは意地でも維持したいなと思っております。次は『月に笑う』を再読しようかな♪

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